八木勇征が器用に表現する“不器用さ” 『矢野くんの普通の日々』は紛れもない代表作に
八木勇征が発揮する、“計算された”パフォーマンス
本文の冒頭で私は、本作がユニークな作品であると述べた。しかしそのユニークさは、物語の設定に拠るものではないとも。では何がユニークなのか。それは優れた身体能力を有しているはずの八木が、運動音痴な若者を演じているところにある。この主人公の矢野くんが「お祓いに行ったほうがいいのでは……?」と誰もが思わずにはいられないほど不運であることはもとより、とにもかくにも運動神経が悪いのだ。いや、このように書くと、彼が劣っている人間のように思われかねない。矢野くんはとても優しい。優しすぎるくらいだ。しかし同時に、“超”がつくほど不器用なのだ。 不器用な人間が器用な人間を演じられないことは、誰もが理解できるだろう。ではその逆ならばどうか。不器用な人間を演じる者は、器用でなければならないというのが私の持論だ。不器用な人間が不器用な人間を演じれば、見事にハマることもあると思う。しかしこれはフィクション映画なのであり、俳優たちは観客を楽しませるために工夫しなければならない。そう、すべては演技なのだから。はたから見たら気の毒に思えてしまうような矢野くんの一挙一動も、すべては計算されたパフォーマンスなのである。 矢野くんが転んだりする描写からは、かえって八木の運動神経の良さがうかがえる。思い返せば彼は、『HiGH&LOW THE WORST X』(2022年)でアクションに徹していたではないか。不器用な若者を表現するセリフの扱いに関しては、どうにも一本調子なところがある。しかし演技経験からいえばそれはしょうがないこと。出演作を重ねていけば、歌やダンスのように洗練されていくに違いない。優れた身体感覚を持つ者は、観る者を魅了する。八木の次なる主演作『僕らは人生で一回だけ魔法が使える』(2025年)の公開が待ち遠しい。
折田侑駿