十人十色の武器を育てる~通信制高校、教育革命の全貌
通信制のイメージを変える~友達ができる「ネットの高校」
10月下旬。沖縄・伊計島にあるN高の本校に大型バスが続々と到着。約200人のN高生たちが降りてきた。通学コース、ネットコースにかかわらず、3年の間に1度はここで授業を受ける。「はじめまして」の状態から5日間、生活を共にするスクーリングと呼ばれる授業だ。 山形県から来た2年生の髙橋龍ノ介さん。最初は緊張の面持ちだったが、同じ日の昼休みには、3人で楽しそうに買い食いする姿が見られた。「『Slack』(コミュニケーションアプリ)とかで会話はしていた」という3人はゲーム同好会のメンバー。スクーリングはいつでも参加できるので、誘い合わせて来たと言う。 N高にはこうした同好会が260以上あり、オンラインで盛んに交流している。だから初めて会っても、打ちとけるのは早い。
同好会に入っていない生徒でも友達ができる工夫がある。この日の体育の授業は沖縄の伝統ボート。初対面のメンバーでいきなり力を合わせて漕ぐ。最初はぎこちなくても、あっという間に仲良くなってしまうのだ。 教職員に配られた行動指針の九か条。その一番上には「ネットで友達をつくれる学校づくりを大切にします」とある。 「生徒たちがつながることが、本当に一番重要なことだと考えています」(S高等学校校長・吉井直子)
生徒に教わった通信制の可能性~IT企業×教員、異色のタッグ
奥平は1958年、教師の父のもとに生まれ、自然と教職に興味を持つように。小学校の教員や塾講師などを経て39歳で通信制高校の教師となった。 「通信制というものは亜流、全日制の学校が主流という時代でした」(奥平) そんな学校で奥平は一人の生徒と出会う。中学の時はあまり学校に通えていなかったという青年、吉川一哉さん。細くてひ弱な印象だったと言う。 そんな彼が登校日にポツリと「自衛官になりたい」という夢を語った。夢を叶えられるのか。奥平は「難しいだろうな」と思った。しかし3年後、見事、海上自衛隊に入隊。倍率3倍以上の試験を突破し、下士官候補生として羽ばたいていった。 現在、37歳になった吉川さんは海上自衛隊の一等海曹として船の舵を握っている。 「基本的に運動が苦手でしたので、厳しい自衛隊の世界では務まらないだろうと自分の中では思っていました」(吉川さん) それでも夢を諦めることなく、高校時代、走り込みを続けたのだ。 「授業以外のところで走り込みに専念して実施することができました。通信制だからこそ自分自身が変われていけたと思います」(吉川さん) 吉川さんの挑戦を見届け、奥平は「自分のやりたいことを見つけたら、夢に向かってやれる。通信制の可能性を感じました」と言う。