日本初、飛騨市「全小中学校に作業療法士」の理由 診断がなく相談先がない子たちにも支援が届く
主体的に「作戦」を立てて問題解決できるよう促す
では、学校OTは具体的にどのような支援を行っているのだろうか。 「各学校において、学校全体、学年・学級単位、そして個人相談という3段階で関わっています」と、奥津氏は説明する。 例えば、学校全体への関わりとしては、カナダのOTによって生み出された「CO-OP(コアップ)」という課題遂行アプローチを教える取り組みが挙げられる。自分で目標を立て、実現に向けた作戦を考えて実行するというサイクルを回すアプローチで、子どもたちが主体的に自身の課題を解決するスキルを身に付けることが狙いだ。これを奥津氏は「作戦マン」というキャラクターに扮し、「作戦を立てて実行し、目標や目的を実現しよう」と呼びかける形でわかりやすく伝えている。 学年・学級単位の関わりとしては、学級活動などの時間を使ってワークショップを行っている。その内容は、「作戦会議」と称して児童生徒が自分の目標とそれを実現するための作戦を立てたり、自身の扱い方を考えるマインドフルネスのプログラムを行ったりとさまざまだ。 個別相談は、学校作業療法室で行っている。児童生徒とその保護者、先生の三者は、診断や障害の有無に関係なく相談できる。 「個別相談では、先生から『この子が気になる』『頑張っているのにうまくいっていない』と支援の依頼を受けるケースのほか、本人が希望して対応するケースがありますね。子どもたちの間では、僕は“一緒に作戦を立ててくれる作戦マン”。そこでも子どもが問題解決に向け、主体的に作戦を立てて行動できるよう支援を行っています」(奥津氏)
診断が下りにくい「DCD」の子どもの支援も
これまで具体的にどのような相談を受けてきたのか。 例えば、友達とのトラブルが絶えない児童。休み時間や給食の時間なども含めて観察すると、周囲と仲良くなりたいものの相手の表情や空気を読むのが得意ではなく、距離を詰めすぎてしまう傾向があった。 そこで奥津氏は、どうしたら周囲と仲良くなれるかという作戦について、イラストと文字で状況を可視化しながら児童と一緒に考えた。すると、「ここに触られると相手は嫌な気持ちになる」「相手との間に、腕を伸ばした程度の距離をあけるといい」という気づきに至ったという。それを担任とも共有して振り返りを続けたところ、トラブルが減って周囲と遊べる時間が増えたそうだ。 朝起きられず、学校に行きたくても行けない生徒に対しては、普段の身体の動きや周囲とのコミュニケーションの様子、朝の覚醒状態を確認。すると、朝の覚醒が上がりづらく、週明けや連休明けはとくに覚醒が上がりづらい傾向が見えてきた。そこで奥津氏は、「君は週末に向けて調子が上がっていくんだよ」と図で説明。さらに家族とも相談し、休日でもアクティブに過ごす時間を設けるようにしたところ、その後は学校を休むことが減ったという。 現在、奥津氏は臨床心理士と一緒に学校訪問を行っており、学校での活動内容は各校の特別支援教育コーディネーターが調整を行っている。現場の実情に合わせ、通級の時間を個別相談や指導に充てるなど、通級と連携した体制を取る学校もある。 「先生が『この子はちょっと気になるな』と感じるのは何かしら理由があるもの。OTは身体や心、さらには背景にある人間関係や家族関係などさまざまな角度から見立てを行い説明するので、先生は子どもへの理解が深まり、子どもは気持ちが軽くなるなど、スッキリするようです。もやもやしたものが解消されるといった声をよくいただきますが、学校の中に入らせていただけるからこそ、できることだと思っています」(奥津氏) 作業療法士が学校現場に直接入っていくメリットはほかにもある。例えば、縄跳びや文字をうまく書けないといった不器用さがある発達性協調運動障害(DCD)への対応だ。DCDの悩みを相談できる専門家はまだまだ少ないが、学校OTはDCDの子どもの悩みにも寄り添う。 「実は、CO-OPアプローチは、カナダで年々増加するDCDのお子さんに対応するため、国が作業療法士の団体に依頼して開発されたものなのです。DCDの不器用さはトレーニングで改善するものではありませんので、不器用さを治そうとするのではなく、その後の人生も見据えてどう対応していくかという作戦を立てるのです。例えば、定規を使ってもどうしてもグラフが書けないと相談してきたお子さんには、さまざまな定規を試してもらいました。その結果、その子には厚めの三角定規が押さえやすいとわかり、それを使うとグラフが書けたのです」(奥津氏) ここで大切なのは、「本人が自分で見つけること」だと奥津氏は述べる。 「誰かに与えられたものではなく、『これが使いやすい』と自分で実感できたからこそ、普段の授業や生活で使えるのです。また、そうした自分なりの道具や手段という作戦を持っていれば、何かうまくいかないときも自分で対処できますよね。DCDはなかなか診断が下りませんし、『不器用だから』で済ませられがちですが、学校にOTがいれば支援できます。DCDに限らず、診断がなく相談先がない子たちに手が届くのも学校OTの意義の1つです」(奥津氏)