【酒井順子さん×麻布競馬場さん『消費される階級』刊行記念特別対談 】〝みんな平等、みんな違っていい″は受け入れられているかー無数で多様な格差の取り扱い方
議論をしなくなるのが一番怖い
酒井 より若い層の現象で、私が気になるのは「階級」に対する耐性が弱まっているのでは? という点です。世の中の「差」がどんどん平らに直されて、〝表面ツルツル″の社会に向かっていく中で、さぞ平穏な社会になっているのかと思いきや、近所の高校生の女の子の話を聞くと、学校のクラスの中の地位を異常に気にしていたりするんですよ。「陽キャの子が……」とか言って。 麻布 今どきのスクールカーストですね。 酒井 我々昭和世代から見たらものすごく優しくて平和に見える世の中で、若者はまだ「陽キャ」だ、「陰キャ」だなんて細かいことを気にしているのかと驚くばかりで。昔より繊細になっているのは、むしろ免疫不足で弱体化しているからでは、と心配になるわけです。 麻布 子どもの社会はある意味、人間の本質が現れるもので、今の大人たちは残酷な格差や階級を小学校~高校くらいまでで味わってきていますよね。大学生くらいになると、「差別・区別はよろしくない」という社会ルールがだんだんと下りてきて、意識が変わってきたのかもしれませんね。子どもの頃から「ツルッツルの平等教育」に身を浸した世代が、どういう大人になって、どういう社会をつくるのか、かなり気になりますね。 酒井 確実に存在する「差」が無いもののように扱われた結果、人知れず蹴つまずく人が大量発生するのではないかと。 麻布 いずれにせよ、議論をしなくなるのが一番怖いなと思っていて。格差って社会に公認されると保護の対象になるから、それをまた「差別だ」と批判する意見が出ることがありますよね。 たとえば、「弱者男性」問題。女性が社会で活躍する上でのハンデを補うアファーマティブアクション的な制度整備の流れに対して、「ずるい。男にも強い男と弱い男がいる。弱い男も救済せよ!」という叫びは存在するという問題です。 しかし、これはほんの一例であって、酒井さんが本で連ねてくださったように世の中には多様な格差が無数にあるのです。その中で、特定の格差について、当事者がその不条理を表明したからといって優先的に是正されるのは果たして平等なのか? という議論も当然出てくるわけで。直面するのは「弱者のトリアージ」というとてつもない難題なんですよね。 酒井 そもそも強者と弱者の違いというのも曖昧ですよね。白黒ハッキリつけられるものではなくてグラデーション上のものですから。それにLGBTQのような比較的目立つ違いはよく知られるようになったけれど、「目立たない違い」もたくさんあるはずです。 麻布 まさに。でも、だからといって「優先順位をつけられないから全員黙れ」と抑えつけるのは、あまりにも乱暴。「みんな平等で、みんな違っていいよね」「強弱含めて多様性を守ろう」という美しい号令の中で、現実的なつらさを生む格差をどう取り扱うべきなのか。難しいし、多分、答えは出ないのですが、この議論が止まるのはよくないなと思います。 酒井 強者がハッピーとも限らないですよ。昔も今も子ども同士のいじめは存在しますが、高校生の話を聞いていると、その構造が変わってきているんです。昔は「地味な子」がいじめられていたけれど、今はむしろ「目立つ子」がいじめの対象になるみたいで。 麻布 それもいわゆる同調圧力なんですかね。「みんな平等でそこそこでいようよ」という圧力。上も下もなんだか希望がないですね。 酒井 多様性を認めようとしているはずなのに、かえって同調圧力が蔓延するって、矛盾していますよね。「みんな違ってみんないい」という考えは、果たして受け入れられているのだろうかという疑問があります。 麻布 なかなか受け入れられないから、いろんな問題が起きているんでしょうね。もし受け入れられたとて、「私とあなたは違うから、このままでいいじゃん」という反応って、ある意味「拒絶」とも言える。そうすると、ますます差が発見されなくなっていく。 酒井 さっきおっしゃった弱者男性の苦しみも、「弱さをずっと無視されてきた」という苦しみだと思うんです。それって、発見されなければ永遠に続く苦しみですよね。 麻布 やっぱり他人の苦しみは究極的には理解できないものなのでしょうね。黙っていたら、苦しみの存在にさえ気づけないし、もし教えてもらったとしても、相手の苦しみと自分の苦しみのどちらが重いかは測りようがないですし。「私のほうがつらいんだよ」と、不幸競争のカードを切り始めるのはあまりにも不毛で、そんな世の中にはなってほしくないですね。 酒井 決着のつけようもないですしね。そういう意味で、同質が集まるよさは「差を感じにくいから、つらさも感じにくい」という点なのでしょう。だから安心して集まれる。 麻布 なるほど。案外、同調圧力ってそういう文脈で生まれた知恵なのかもしれないですね。みんな引き分けにしようぜっていう。