待ち望んだ新薬、しかし日本では未承認…「待っていられない」と独自に輸入する道を選んだ男性の奮闘と願い
2023年4月、ある難病の新薬が米国で承認された。筋肉を動かす神経が変性し、体がだんだん動かなくなっていく筋萎縮性側索硬化症(ALS)の薬「トフェルセン」。症状の進行に恐怖と不安を募らせる患者らが待ち望んでいた薬が実用化した。朗報のはずだったが、日本の患者は恩恵にあずかれていない。日本ではまだ承認されていないためだ。 【写真】ミラちゃんだけのための薬…驚異的な速さ その後、症状が再発し10歳で亡くなる
「待っていたら病気がどんどん進行してしまう」。大学病院と協力し、米国から独自に輸入して投与することを決めた男性がいる。投与の継続にかかる高額な費用を賄う寄付を募る日々。「募金に頼り続けるには限界がある。現状では患者が救われない」。日本での早期承認を強く願う男性の活動と、希少疾患の薬をめぐる課題を取材した。(共同通信=岩村賢人、川澄裕生) ▽始まりは足の違和感 都内の飲食店で店長を務めていた青木渉さん(35)=千葉県市川市在住=が異変に気付いたのは21年10月。足の違和感からだった。うまく走れない。階段の上り下りがしんどい。「運動不足かな」。最初はそう思った。 しかし、年が明けた22年1月には「やはり何かおかしい」と思うようになっていた。理由があった。青木さんの父親はかつてALSを発症し、2年間の闘病を経て他界していた。 もしかしたら自分も…。整形外科に行ったが、異常は見つからない。だが症状はある。脳神経内科に行き、さらに東京医科歯科大病院を紹介してもらった。
「自分がALSかもしれないと思ったときのショックは計り知れなかった。あの頃が一番恐怖と不安が強かった」。そう青木さんは振り返る。仕事もプライベートも、思い描いていた将来像が全て真っ白になった感覚だった。 22年5月の終わりに入院。さまざまな検査をしてALSだとの診断が確定した。青木さんは「自分自身、ALSだろうと心の中では確信していた。やっぱりそうなんだという感じで受け止めた」と語る。 父親がALSだったこともあり、その後、自ら進んで遺伝子検査を依頼した。その間も症状が進行。足だけでなく手にも違和感を覚えるようになった。検査の結果、「SOD1」という遺伝子に原因がある「家族性ALS」だと分かった。 ▽進行が早い「SOD1型」 厚生労働省が運営する難病情報センターによると、ALSは、運動をつかさどり筋肉を動かす神経が主に障害を受ける。脳から「手足を動かせ」といった命令が伝わらなくなって力が弱くなり、筋肉がやせていく。国内の患者数は推定約1万人。SOD1遺伝子に変異を持つタイプは、全体の約2%と言われている。東京医科歯科大の横田隆徳教授によると、原因となる変異は100種類以上あり、それぞれで症状が進行する早さや重さが異なる。青木さんは比較的進行が早いタイプと考えられている。