水素航空機の実現、IATA事務総長「2050年以降」開発進むも空港インフラ整備に課題
年に一度、世界の航空会社や機体メーカーなどの首脳が一堂に会するIATA(国際航空運送協会)のAGM(年次総会)。80回目を迎えた今年はアラブ首長国連邦のドバイで現地時間6月2日から4日まで開催され、例年以上に代替航空燃料「SAF(サフ、持続可能な航空燃料)」に関する活発な議論が交わされた。 【画像】全翼機もあるエアバスの水素航空機案 IATAによると、航空業界が掲げる2050年までにCO2(二酸化炭素)排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現に向け、航空会社やエネルギー企業、政府関係者などがさまざまな視点で議論することで、現在と将来の課題を可視化する狙いがあったといい、日本からは国土交通省航空局(JCAB)で国際航空などに長く携わってきた大沼俊之次長もパネルディスカッションに招かれていた。 一方で、SAFの生産量は全世界が必要とする年間航空燃料需要の0.53%にとどまっており、今年の生産量は前年比3倍の19億リットル(150万トン)に拡大するものの、水素燃料電池をはじめ、ほかのCO2排出量削減策も併用しなければ、2050年のカーボンニュートラル実現は難しそうだ。 日本国内では、川崎重工業(7012)とエアバスが水素燃料の共同調査を2022年から始め、空港では関西空港が2016年4月の民営化前から水素燃料電池の活用を始めるなどの動きがみられる。既存のインフラをほぼ利用できるSAFに対し、新たな大型投資が必要となる水素航空機をIATAはどう見ているのか。4日のAGM閉会後、IATAのウィリー・ウォルシュ事務総長に聞いたほか、水素航空機の動向をまとめた。 ◆水素航空機は2050年以降 水素燃料電池などの可能性について、ウォルシュ事務総長は「チャンスもあれば課題もある。環境という観点からは、環境に優しい“グリーン水素”を製造できれば、大きなプラスになるのは明らかだ。グリーン水素はe-fuel(合成燃料)の製造にも利用できる。つまり、必ずしも航空機に水素を使用しなければならないということではなく、水素由来の燃料のような、持続可能な燃料の製造に使えるかもしれない」と指摘する。 「水素を燃料とする航空機は非常に複雑で、機体の根本的な再設計が必要になる。現在のワイドボディ機が2050年も運航されている可能性が高いことを考えると、その機体を水素燃料で運航できるように改修することはできないだろう。IATAの水素に対する考え方は、水素は脱炭素化の一翼を担い、業界に最も大きな影響を与えるだろうということだ」と語った。 では、実際に水素が航空分野で影響力を示すようになるのはいつ頃なのだろうか。「おそらく2050年以降、あるいは2040年以降だろう。空港のインフラを大きく変え、航空機の設計を大幅に変更する必要があるからだ」との考えを示した。 ◆全翼機より先行するプロペラ機 日本で川重と組むエアバスは、水素航空機の実用化時期を2035年としている。現在SAFは従来の化石燃料よりも高コストであることが課題となっており、水素燃料も立ち上げ当初は同様の課題が立ちはだかる。川重は2030年時点で日本に輸入される水素燃料の費用感を、1キログラムあたり約3ドルと予測しており、2050年には現在のLNG(液化天然ガス)並みのコストまで抑えられるとの見通しを立てている。 エアバスが発表した水素航空機のデザインは、全翼のブレンデッド・ウィング・ボディ、従来のジェット機を置き換える2基のターボファンエンジン、6つの取り外し可能な「ポッド」と呼ぶ水素燃料電池によるプロペラ推進システムと、3種類ある。 全翼機は「マベリック(MAVERIC: Model Aircraft for Validation and Experimentation of Robust Innovative Controls)」と呼ぶ長さ2メートル、幅3.2メートルのスケールモデル実験機を2020年に披露しており、コロナ前から開発は始まっている。 三菱HCキャピタル(8593)が出資する米国の水素航空機関連のベンチャー企業ユニバーサル・ハイドロジェン(Universal Hydrogen、UH2社)は、既存のターボプロップ(プロペラ)機を改修し、2023年3月に初飛行に成功している。UH2が保有するボンバルディア(現デ・ハビランド・カナダ)DHC-8-300型機(登録記号N330EN)の2基あるエンジンのうち、1基を同社が手掛ける燃料電池式メガワット級パワートレイン(駆動装置)に換装して飛行した。 CO2を排出しない水素燃料電池が主な動力源の航空機では世界最多席数となる40席クラス機による初飛行だった。今年2月には、UH2は自社開発の液体水素モジュールを使い、メガワット級パワートレインを動かすことに成功しており、2026年には仏ATR製ATR72-600型機など70席クラスの旅客機運航につなげたいという。 日本航空(JAL/JL、9201)は2023年11月に、UH2をはじめ独H2FLY、米ZeroAviaの3社と水素航空機の開発に関する基本合意書を締結。SAFと並行し、水素航空機によるカーボンニュートラル実現に向けた手を打っている。 機体メーカーも次世代機開発を加速している。ボーイングが日本の研究開発拠点「ボーイング ジャパン リサーチセンター」を名古屋駅前に今年4月に開設。エアバスも研究開発拠点「エアバス・テックハブ・ジャパン」を都内に開設すると5月に発表しており、世界2大航空機メーカーが次世代機で扱う新素材や脱炭素化などの研究を日本でも進める。 水素航空機そのものは、2030年代までには登場しそうだが、商業運航となれば話は別で、各空港に水素燃料用施設が不可欠になる。こうしたインフラ整備も含めた意味での「実用化」となると、ウォルシュ事務総長が言うように、2050年以降というのが現実的な時期と言えそうだ。 ◇ ◇ ◇ SAFを巡る国内の動きとしては、増産に向けてスーパーを活用した廃食油の回収が本格化したり、SAFの新たな原料として航空局が提案した「規格外ココナッツ」を国連の専門機関であるICAO(国際民間航空機関)が承認するなど、少しずつではあるが前身はみられる。しかし、世界規模で必要となる需要を本当にまかないきれるかなど、課題は散見される。 昨年トルコで開かれたAGMで、JALの赤坂祐二会長(当時社長)にインタビューした際も、「(CO2削減が)SAFの話になってしまっているが、実際はもっと大きな話。エネルギー全体をどうマネージしていくのかや、エネルギーシステム自体をどうやってリストラクチャーするのかといった話だと思う」(関連記事)と、現在のままでは2050年のカーボンニュートラル実現は難しいとの見方だった。 ウォルシュ事務総長が指摘するように、水素燃料は可能性を秘めているものの、航空機の構造や空港の設備といった面で大規模投資は避けられないことから、短期で普及するものではない。一方、2050年以降には一定のポジションを確立する可能性もあり、国内の航空産業が環境技術で世界的にリードする立場に立つためには、SAFと水素の二刀流戦略が不可欠と言えそうだ。
Tadayuki YOSHIKAWA