遠藤周作『沈黙』の舞台、そして潜伏キリシタンの足跡を訪ねて 『イエスの生涯』映画化に挑む巨匠―スコセッシ監督は「無力なイエス」の姿をどう描くか
真面目さの裏で脈打つ「諧謔精神」
龍之介さんによると、父親にはもう一つ困った癖があった。それは「いたずら好き」。 「諧謔(かいぎゃく)趣味とでも言うのかな。しゃれとユーモア、そして機知にあふれていた」 その代表作が、中学生の時に見たエピソードだ。 懇意にする銀座の社長が、銀婚式に夫人とヨーロッパに行くことになった。大の飛行機嫌いで、これまで海外に出掛けたことはなかったが、奥さんがどうしてもパリに行きたいという。2人は出発前に遠藤宅を訪れ、「どんなところに気を付ければいいでしょうか」とアドバイスを求めた。 「すると、父はうれしそうな顔をして、『二つ気を付けていただきたいことがある』と切り出したのです」 「飛行機に乗ったら、まずスチュワーデスにチップをあげてください。長時間お世話になるのだから、1人5000円ぐらい全員に。事前にポチ袋を用意して。もう一つは日付変更線。羽田をたって2時間ほどすると、プラスチックでできた真っ赤な長い線が海の上に浮かび、そこで飛行機が降下するので、ぜひご覧になってください」 両人とも真剣に、父のアドバイスを手帳にメモしている。ちなみに、夫妻は機内のスタッフたちを大いに笑わせ、到着まで大変良いサービスを受けたそうだ。 “火の粉”は家族にも降りかかった。 10代後半になると、龍之介さんにもガールフレンドができ、自宅に電話をしてくる。父は物書きだから基本、書斎におり、電話を最初に取る確率が高い。 「女友達からの電話を取ると、『ああ、〇〇さん、先週息子と一泊旅行に行かれたお嬢さんですね』と答える。その話自体がうそなので、彼女は『違います』と言って電話を切る。翌日、学校で私は彼女から一部始終を知らされることになるのです」 ある時、「いいかげん、恋愛をじゃまするのは止めてくれませんか」と抗議すると、父は真顔でこう言った。 「フランスの小説家、マルセル・プルーストを知っているか? 彼がよく言っている。『安定は情熱を殺し、不安は情熱を高める』。むしろ俺は、お前に恋愛のスパイスを与えてやっているんだ」