レイプ被害者の「口を塞ぐ」という暴力│映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」
泥酔していたんだからしかたがない?
■「口を塞ぐ」という暴力 標的になる最初の2人が、女性であるところが興味深い。1人目は同じ医大出身で大学時代は遊び人、今は家庭の主婦に収まっているマディソン(アリソン・ブリー)。事件については「泥酔していたんだからしかたがない」という態度を取り続け、ニーナに深刻な二次被害を与えた女性だ。 2人目は医大の当時の学部長。ニーナを訴えを冷たくあしらい、彼女が告発した加害者のアルという男子学生を庇った。 それぞれに対して、カサンドラは一見自然な機会をつくってさりげなく近づき、ちょっとした計略にかけ、レイプ被害者やその近親者が味わったに近い強い不安や恐怖に、彼女たちを直面させることに成功する。決定的なダメージまでは与えず、寸止めにしているところがなかなかスマートで、カサンドラがもともと頭の良い女性であることを思わせる。 しかしこうした中で、彼女の当初の計画にはなかった3つの出来事が浮上する。この3つはのちに有機的に絡み合って、驚くべきラストを導き出す。 1つ目は、医大の同級生で今は医師のライアン(ボー・バーナム)と偶然出会ったこと。昔からカサンドラに惹かれていたという彼に次第に心を許すようになっていくプロセスでは、他の男と同じじゃないかと落胆してみたり、気持ちが高揚したりと、ごく普通の恋する女性の顔が描かれる。 ライアンは飾り気のない好青年で、2人の間はなかなかいい感じに深まっていき、見ている方も、できればもう”復讐”は忘れてこのままライアンと幸せになってくれたらな‥‥という気持ちになってくる。 2つ目は、3番目の標的だったアルの弁護士が、ニーナの自殺後、後悔のあまり精神を病んで休職していたこと。心からの謝罪を口にする弁護士に復讐しなかったことが、後々カサンドラの目的遂行の重要な助けとなる。 3つ目は、これ以上自分に矛先を向けてほしくないマディソンから、事件の現場で録られた携帯の音源を渡されたこと。このことが、ライアンとの関係に決定的なヒビを入れると同時に、最終的な標的である加害者アルへのしかるべき制裁を可能にしていく。 「地獄のナース」の扮装さながらに登場し、レイプ犯のいつもの手口を使ってアルの友人たちを泥酔させ、結婚式を翌日に控えたアルを恐怖のどん底に叩き込んだ時、カサンドラが彼に行おうとする制裁行為の論理性と平等性に、見る者は感服させられる。だがここでもっと象徴的なのは、過去、彼らのとってきた「告発する女の口を塞ぎ、何も言えなくする」という行為が、カサンドラに対してまさに文字通り延々と遂行されるシーンだ。 具体的な暴力行為が描かれず、主人公もそれには手を出していないこの作品において、ラスト近いこの場面で明確すぎるほど明確に描かれた「口を塞ぐ」という暴力。性犯罪の被害者をめぐって、周囲の誰もがこのような暴力を振るう可能性があることを、この作品はくっきりと浮き彫りにしている。
大野 左紀子