あなたにはあなたの良さがある...「他人と比べて悩む人」にキリスト教が示す答え
桜もすみれも、自分らしく輝いている
【鈴木】人と比べないということですね。聖書の初めに、神様は天地を創造されたあと「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」(創世記1:26)と、愛のあふれとして一人ひとり人間を造られたと書いてあります。 神様は徹底して、私たちの惨めさをご存知で、許して、力を与えてくださる。「自分はだめです」といって自身を責めることは、傲慢なのです。神様は「あなたのままで乗り越えなさい」とおっしゃっています。その愛に少しでも報いようとするならば、惨めさをも受け入れて、今の自分を乗り越えていくことが大切です。 【片柳】そうですよね。私たちはつい、人と自分を比べてしまいがちですが、それぞれ神様から良いものをもらって生まれてきています。あの人にはあの人の良さがあり、私には私の良さがある――。 自分に与えられた良さを精いっぱい発揮して生きていけば、誰でも幸せになることができます。 【鈴木】「野原の花がどのように育つかを考えてみなさい」(ルカ12:27)という聖書の教えがありますけれど、桜でもすみれでも、野原に咲く花はみな、それぞれ自分らしく咲いて輝いています。私たちも神様からいただいたものを使って、周りの人たちに愛を送りながら生きることが大切です。
「これでよいのだろうか」と不安にとらわれたら
【片柳】生きていれば毎日のように、これでよいのだろうかという気持ちが沸き起こってくると思います。私は幼稚園でも働いているのですが、ときに将来のことを思い、「このままでよいのだろうか。もっと何か大きなことをすべきではないか」と考えてしまうときがあるんです。 「ああ、またバカなことを考えてしまった」と思うのですが――。それでも私のことを待っていてくれる子どもたち、先生たち、保護者たちがいます。今、与えられた場所で使命を果たしていくこと。どこに行ってもそれ以上の幸せなどないのだと自分にいい聞かせ、その都度、自分の使命をありがたく受け止めなおしています。 【鈴木】若いときはそうやって、一歩一歩、振り返ってみることも大切だと思いますし、外にある成功も大切なことでしょう。 歳をとればできなくなることがたくさんあって、周りの親切が身に沁みますけれど、そのとき神様が与えてくださる叡智がどこにあるのかというと、「人間にとって何が大切か」を教えてくれることにあるんじゃないかと思うのです。 【片柳】若いころは、成功してちやほやされることが一つの幸せと思いがちですが、そうやってちやほやしてくれる人は、失敗したらいなくなってしまいます。 本当の幸せは、たとえ失敗しても、自分のことを見放さずにいてくれる人がいるということなんですよね。どれだけ成功し、人から認められるかに価値を見いだしてしまいがちですが、そこに私たちの本当の幸せはないと思います。