サハラ砂漠でバッタを追う 昆虫学者前野ウルド浩太郎さんの原動力は
アフリカの砂漠で大量発生し、深刻な食糧危機をもたらすサバクトビバッタ。サハラ砂漠での実地調査をユーモラスにつづった著書で知られる昆虫学者の前野ウルド浩太郎さん(44)は秋田市の田園地帯で育ち、弘前大(青森県弘前市)で学んだ。東北の昆虫少年はいかにして世界規模のテーマに挑む研究者になったのか。修道中(広島市中区)での出前授業のため広島を訪れた前野さんに、学びや研究の極意を聞いた。 【写真】サハラ砂漠での実地研究の苦労や喜びをつづった前野さんの著書 ―体が小さく、運動が苦手だった幼少期。遊びの仲間から外れ、じっと地面を見詰めた。そこには昆虫の世界が広がっていた。 小さな昆虫がさまざまな姿形をして天敵から逃れたり、餌を食べたり。ダイナミックに動いている。「小さいながらすごいな」と、自分の姿と照らし合わせて思った。家の周りは一面の田んぼ。生き物を捕まえて遊ぶのが最上級の遊びだった。 ―小学生の頃、1冊の本に出合う。「ファーブル昆虫記」だ。 「不思議だな」と感じたことを工夫して解き明かす姿を「かっこいいぞ」と思った。こんな仕事、生き方もあるのかと勇気づけられた。 ―昆虫学教室のある弘前大農学生命科学部に入学。そこで出会った安藤喜一教授が最初の師となる。 実験は普通、効率を考えて「何回やれば十分」という目安がある。ところが、安藤先生は千回を超えるほど、ぐうの音も出ないほどの繰り返しをする。納得できるデータを得るまで。鋭利な刃物でスパッと切るのではなく、鈍器で何度もぶったたくような地味なスタイル。地道な振る舞いこそ最善なんだと、背中で教えてもらった。 ―地方大学の研究費は少なく、設備も乏しい。 弘前大の研究室のモットーは「アイデアで勝負」。精密な実験をするときも大がかりな機械に頼らない。ネット検索で得られないものを見つけ出すことが、研究者の腕の見せどころだ。 居酒屋でのアルバイト経験も役立っている。厨房(ちゅうぼう)で三つのフライパンを同時に振るって調理した。味を落とさない、効率よく時間を使う、コストを意識する―。これらはすべていまの研究に通じる。 ―茨城大大学院に進学し、サバクトビバッタの研究を始める。 地道な観察を繰り返すことで「生物そのものを見たい、知りたい」と思うようになった。実験室にこもってサバクトビバッタの観察を続けるうちに「砂漠で生きるバッタそのものを知りたい」と強く思い、アフリカに渡った。 ―西アフリカ・モーリタニアでの研究は2011年に始めた。 砂嵐で計測器やカメラなどの精密機械が故障することもある。バッタの大群との遭遇も運任せ。過酷な環境だけに、その時、その場所でできることは何かを常に考えている。市場で売っているプラスチック製のざるを加工して、バッタの採卵に使うケージを手作りしたこともある。 地道に続ける弘前大らしさが自分のスタイルだ。その良さに、尊敬する現地の研究者が共感してくれて、「○○の子孫」を意味するミドルネーム「ウルド」を授かった。誇りに思い、日本に帰ってからも名乗っている。 ―地方大学の学生や、研究者を目指す若者にエールを送る。 都会から離れた場所でも、自分らしさは発揮できる。頑張っている人と高め合うこともできる。環境と向き合い、自分でしかできないことを探る。そこに研究者としての個性が出る。
中国新聞社