「真ん中が抜け落ちた国」アメリカの空白を埋めるのは誰か?...大統領選前に「液状化」を再考する
空白地帯に生まれた「トランプ王国」
英国を経由し、再び米国での取材経験を振り返ると、問題意識がどこか重なる指摘を聞いていたことを思い出す。 『What's the Matter with Kansas?』で知られる米ジャーナリスト、トマス・フランク(2019年3月にインタビュー)は、90年代にかけて自己変革を模索した民主党が、労働者の政党ではなく、「見識があり、高等教育を受け、裕福な人々の政党」をめざし、献金もくれる「専門職階級(professional class)」に軸足を移したとの見方を示した。 旧来の支持層である労組メンバーについては、「彼らが(天敵だった)共和党の支持に回ることはない」と安心していた、と。 彼は「これは共和党任せの戦略で、弱点があった。トランプが『自由貿易は失敗だった』と叫び、労働者階級に語りかけた時点で失敗した。うまくいくのは、共和党が従来の自由貿易派、フリーマーケット重視という教義に忠実な限りにおいてだ」と語った。 この意味でも、ラストベルトは空白地帯になっていたのだろう。自動車業界の救済をめぐり「デトロイトを破産させよう」と言い放ったロムニーが共和党候補になった2012年大統領選では、労働者の多くは民主党にとどまり、オバマ再選を支えた。 しかし、民主党はすでに都市の高学歴リベラル層に軸足を移し、特に地方で空白地帯が生まれていた。「そこに共和党が手を伸ばしてくるはずはない」と油断していたら、4年後に規格外のトランプが両手を突っ込んできたというわけだ。 この空白地帯を考える際、1本の論考が補助線を提供してくれる。コロンビア大学のマーク・リラは「液状化社会」(『アステイオン』93号)で、「経済的問題」と「社会的アイデンティティの問題」の両軸が作る4つの象限について、「リベラル―保守」指標ではなく、社会学者ジグムント・バウマンをひいて「液状化―固定化」で分類して見せた。 欧州と米国でも時に解釈が異なり、混乱を招きがちな「リベラル―保守」ではなく、「液状化―固定化」に置き換えただけで、視界がクリアになる感覚を持つのは私だけだろうか。 米英で取材してきた人々の多くは、社会の過度の「液状化」を拒み、先を少しでも見通せる日常を過ごしたい、次世代に引き継ぎたいと願っているだけなのではないか。 リラが指摘するように、多くの労働者が、短期雇用を繰り返す「低賃金で不安定な地位にある新たなプロレタリアート」になる社会で、少なくとも経済面での国家の介入を願い、安定を求める声が強まるのは自然だろう(リラ論考の図が示すA象限)。 ここで私は『The Road to Somewhere』で知られる英ジャーナリスト、デイビッド・グッドハートの言葉を思い出す(2017年10月にインタビュー)。 彼は、この数十年のグローバル化で「Anywheres」(エニウェア族:高学歴で、資格やアイデンティティなどを持ち運び、どこでも快適に暮らせる人々)が「Somewheres」(サムウェア族:どこかの土地に根ざして生きる人々)に対して「文化、政治、経済など、全ての面で優勢になりすぎた」との認識を語った。 ブレグジットの最大の理由は「学位のない人々の雇用や地位が急速に悪化したことだ」と述べた上で、こう問題提起した。 「ブレグジットやトランプを支持した人々の大半は過激ではない。求めているのは、安定した社会、抑制的な移民政策、教育や雇用の機会、大学を卒業していない人々の物語(尊厳)で、かつては常識に見えたであろうことだ。30年前なら、どれも自然な要求だったが、今は異様とか過激に見えている。いま『ポピュリズム』と呼ばれているものは、『中道』ではないだろうか」 ■『アステイオン』への期待 英国滞在中は、1940年代のリベラルコンセンサス、1980年代の新自由主義という2つのトレンドを世界に示した国が、次に何を示すのか(示せるのかも含めて)に目をこらした。 答えは今も見えていないが、2016年以降、潮流が変わったという感覚は強まった。米民主党政権の「ミドルクラスのための外交」や「新ワシントン・コンセンサス」にトランプの残像が見えることも大きい。 普段は漠然としか考えないことを、少し背伸びして考える機会。それが『アステイオン』だ。私のようなサボり癖のある記者は、日々のニュースには集中しても、それらが総体として意味するものを考えることが苦手だ。そんな時に「普段使っていない筋肉を使いませんか」と刺激してくれる。 2016年の英米での衝撃は何かの間違いだったのか、歴史からの「逸脱」だったのか? きっとそうではない。今も私たちは2016年の衝撃の中を生きているのだろう。 今年は、米国はもちろん、おそらく英国[編集部注:2024年7月に労働党に政権交代]も含め、世界で重要な選挙が続く。新トレンドの萌芽は見えてくるのか。それはどんな方向性なのか。『アステイオン』では、専門家による領域横断的で、大胆な論考を読みたい。
金成隆一(朝日新聞大阪本社社会部デスク)