【今村翔吾×松井優征・対談】直木賞作家も共感した漫画家の創作論 面白さよりも優先していることとは?
面白さよりも情報の少なさを優先
―― お二人の作品は、歴史ものに馴染みがない読者や、若い世代にも訴求するパワーがあります。執筆するうえで意識されていることはありますか? 松井 「ジャンプ」の読者さんは歴史に馴染みがないというよりも、むしろ歴史のことが嫌い、くらいのイメージで描いています(笑)。それでも楽しんでもらえるように、読みやすくするための工夫は欠かせないですね。例えば、当時は一人の人間に対していろいろな呼び方があるじゃないですか。それをなるべく一個に統一したり、当時の常識ではあり得ないんだけれども名字だけで呼んだりだとか。 今村 漫画がいいなと思うのは、ビジュアルがついているところ。キャラの描き分けができますよね。 松井 「おでこにハテナの文字が付いてる人」とか、絵の描き分けによってキャラを覚えてもらうのが一番なんですよ。だから、『逃げ若』のキャラは“出落ち”ばっかりなんです。 今村 (北畠)顕家とかめっちゃ覚えやすいですもん。出てきた瞬間、キラッキラで。やっぱり戦国時代より、この時代のほうが華やかですね。 松井 平安の香りがまだ残っているんです。例えば着物の袖とかもギリ長かった時代だから、時行が袖をヒラッとさせると華があるんです。それと、この時代を選んだ理由の一つでもあるんですが、髪を剃らなくていい。絵的にはそこがものすごく重要で、さかやきにちょんまげって、はっきり言ってダサいんです(笑)。 今村 なるほど! 漫画的な発想ですね。 松井 オールバックの信長とか、ウソじゃないですか。歴史が好きだし、あんまり歴史に失礼なことしたくない。そういう表現のほうが少年誌向きではあるんでしょうけれど、それをやるとウソをつき続けることになるので……。 今村 気分が乗らないですよね。 松井 乗らない。 今村 僕が歴史ものを書く時に意識しているのは、ゲームで言うチュートリアルを丁寧にやってあげること。信長や秀吉を主人公にするならそんなに説明しなくてもいけるんですけど、穴太衆のことなんてほとんどの人が知りませんから。この時代はこうで穴太衆はどういう集団なのかという説明を、地の文ではなくキャラクター同士の会話の中に溶け込ませていく。 松井 チュートリアルは本当に難しいですよね。いきなりそればっかりやると、脱落してしまう。 今村 そうなんですよ。冒頭に一点集中させてしまうと、その時点で読者は離脱する。できるだけ説明を分散させて、伝えなければいけない情報をうっすらと伸ばして伸ばして、展開を楽しんで追いかけるうちに自然と伝達できるよう心がけています。 松井 全く一緒です。キャラが一人でも増えたり専門用語が一つでも多く加われば、それだけ情報量が重たくなるじゃないですか。それをいかにそぎ落とすかで、特に一話目はめちゃめちゃ苦労しました。「ジャンプ」だと最短一〇週で連載が打ち切られてしまうので、いかに最初の情報量を削るかがものすごく大事なんですよ。「こういう設定の話です」という情報をいきなり畳み掛けると、あっという間に読者は引いてしまう。「ジャンプ」によくあるファンタジー系の漫画で、打ち切られてしまう作品は大抵それをやっているんです。 今村 確かに、「付いていけない!」となるかも。 松井 ここで絶対に入れておいたほうがいい情報であったり、漫画としての面白さよりも、情報の少なさを優先すべきなんですよね。情報量の管理を徹底することで読みやすい漫画にしよう、とは常に心がけています。 今村 情報量の管理、めちゃめちゃ共感します。僕も『塞王の楯』で、石垣を作ってばっかりで合戦なしはきつ過ぎると思ったから、前半の早い段階で「日野城の戦い」の回想を入れたんですよね。中盤で「伏見城の戦い」を入れて、最後に「大津城の戦い」というふうに、イベントが固まらないよう散らしたんです。情報量を、あえて少なくすることもありました。例えば、途中でのんびりした雪かきのシーンなんかが出てくるんですけど、それは戦争という情報量が濃ゆい非日常との落差を作るために、あえて入れたんです。 松井 なるほど! 今のお話、すごく参考になります。 今村 いや、僕もめちゃくちゃ勉強になりました。情報量の管理、僕は感覚でやっているけれども、漫画のほうがもっとシビアなんだろうな、とか。初めて漫画家さんとお話ししましたけど、すごくツーカーで喋れる感じがする(笑)。僕の考え方がたぶん、漫画家寄りなんですよね。 松井 『塞王の楯』を読んでいても、漫画的な設計図を持った小説だと思いましたよ。