「日本の家庭の味を出したい」東京の下町で奮闘する、ベトナム人の定食屋
信頼を得たズンさんの紹介で、食堂にはベトナム人留学生のアルバイトが増えていった。 「みんなものすごく戦力になってくれた」とマスターは言う。その中に、ダンさんもいた。日本語学校を出てから専門学校に通っていたが、日本に来た理由はズンさんと同じだ。 「ベトナムでは大学を出ても、あまり給料はもらえない。日本で学んで働けば、もっといい将来が開けると思ったから」 ズンさんよりひとつ年上のダンさんだが、職場では後輩だ。だから仕事を教わり、日本人のスタッフの動きも見て、どんどん吸収していった。 「店の雰囲気がそうなんです。日本人も外国人もなくて、みんな次に何をやればいいか考えて働く。だから自分も同じようにと思って」 そんな先輩の日本人から言われたことがある。 「どんないい素材を使っていても、愛情が入っていないとおいしくならない」 その言葉が、ずっとダンさんの胸に残っている。
異国で起業にチャレンジする
ふたりは学校を卒業後、食堂の正社員になった。マスターに働きぶりを認められたのだ。 「外国から日本に来ているんです。志はあるでしょうし、だからなのか日本人の子よりも覚えがいいところもあったように思います。それに、好感の持てる人柄だしね」 しかし、社員で満足しないのがベトナム人なのだ。自分でビジネスをやってみたい、起業したい。日本でも独立を目指すベトナム人がけっこういるのだが、ズンさんたちも同様だった。 「ベトナム人は挑戦したい人がいっぱい。失敗もいっぱい」 そう笑うズンさんだが、3年ほど社員で働きながら独立に向けて準備を重ねていった。マスターの助けも借りながら、弁護士などにも相談して、会社を設立。外国人が日本で起業するには500万円の出資金が必要なのだが、両親からの支援と、日本で働いて貯めたお金を充てた。 挑戦したいのはもちろん「日本の定食屋」だ。 「ベトナム料理もつくれるけど、おいしいと言ってもらえる自信があるのは、もう和食のほうだから」 マスターに学んだ日本の家庭料理で、日本人をもてなしたい。そう思って出店を決めたのは昔ながらの商店街、谷中銀座も近い道灌山通りだ。外国人でも貸してくれる物件で、どうにか払えそうな家賃、まわりにライバルとなりそうな定食屋が少ない場所……いろいろと見て回って、ここに決めた。店の名前は「さくら」にした。