いまさら聞けない、なぜ日本で「人手不足」が深刻化しているのか
人手不足はエッセンシャルワーカーを中心に深刻化
その時々の需給環境によって労働者と企業のパワーバランスは変化する。現在のように失業率が低位で安定しているということは、労働者にとっては数ある選択肢の中から仕事を選ぶことができる状態にあることを示している。一方、企業にとっては労働者から選ばれる側になっているということであり、影響は深刻だ。 失業率は労働者の就業の状態を表す指標であったが、今度は企業側に視点を移し、人手不足の状況をデータから確認していこう。 企業の人手不足感を表す指標としてよく使われ、かつ最も信頼性の高い指標といえるのが日銀短観の雇用人員判断DIである。日銀短観では調査対象企業に対して自社の雇用人員が「過剰」か「適正」か「不足」かの3択で企業の状況を聴取しており、「過剰」の割合から「不足」の割合を引いた値を雇用人員判断DIとして公表している。 雇用人員判断DIをみると、現在の企業の人手不足感がいかに深刻かを理解することができる。図表1-10は雇用人員判断DIと景気の動向を指し示す業況判断DIとを比較したものであるが(雇用人員判断DIは正負を反転して表示している)、直近の2023年第4四半期で雇用人員判断DIはマイナス30と多くの企業が人員不足だと答えている。これも過去の水準と比較すると1990年代初頭近くの水準に達している。企業の人手不足感という観点でも、バブル期以来の水準となっていることが確認できる。 日本全国の企業で人手不足が深刻化しているなか、どのような仕事で特に人が足りていないのだろうか。図表1-11は厚生労働省「職業安定業務統計」から職業別の有効求人倍率を取ったものである。 有効求人倍率をみると、求人がたくさんあるにもかかわらず求職者が少ない仕事は、専門技術職(2023年平均:1.84倍)、販売や営業職の含まれる販売職(同:2.03倍)、介護サービスや飲食物調理、接客に関する職業などが含まれるサービス職(同:3.05倍)、警備員など保安職(同:6.69倍)、タクシーやバス、トラック運転手などが含まれる輸送・機械運転(同:2.22倍)、建設・採掘に関する職業(同:5.29倍)などとなる。 一方で、職業安定業務統計があくまでハローワークを介した職業紹介に限定されているという点には留意する必要があるものの、事務職(同:0.45倍)などは比較的低い倍率を維持している。 現在の労働市場を俯瞰してみると、IT専門職などハイスキル職種の人手不足が深刻化していると同時に、いわゆるエッセンシャルワーカーと言われるような現場の仕事に従事する職種で人手不足が深刻化しているのである。このように、ハイスキルワーカーとエッセンシャルワーカーが不足し、事務職など中間的な仕事で人余りが発生している「労働市場の二極化」は、世界的な傾向として指摘されている。 ハイスキルの仕事はまだしも、なぜこうした現場仕事の需給がひっ迫しているのだろうか。それは人が体を動かして行う仕事については、たとえその仕事が定型的なものであったとしても、機械に代替する障壁が高いからである。過去、インターネットやパソコンの普及によって紙のやりとりを伴う仕事がなくなってきたように、定型的な事務作業を行うホワイトカラーの仕事はITシステムの導入などによってかなりの効率化が行われてきたとみられる。あるいは、製造業の領域でも産業用ロボットの普及などによってファクトリーオートメーションが大きく進展している。 一方、介護や建設、運転の仕事など身体的な作業を伴う仕事を人手に頼らず処理しようとなると、ロボティクスやセンサーなど高度な技術が必要となる。しかし、現状の技術水準において、資本コストに見合うだけのパフォーマンスを発揮できるロボットはそう多くない。こうした事情がホワイトカラーの仕事の人余りが発生する一方で、現場仕事の人手が大きく不足する背景にあると考えることができる。 つづく「日本で加速する「人が全然足りない」現実…じつは高齢化がもたらしていた「構造変化」の正体」では、高齢者の高齢化に伴い労働集約的なサービスへの需要が増加する実態について分析する。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)