「大事なことはすべて江神と火村に教わった」気鋭のミステリ作家3人が有栖川有栖を語る
自然体でやさしい読み心地
今村 もう一つ、有栖川作品には文章の魅力もあると思います。本格ミステリって、特に長編で難しい謎を扱おうとすると、読者に最後まで解かれたくないという力の入った作品が多くなる中で、有栖川作品って、無理して真相を隠そうという力みをあんまり感じない。自然体なんです。どんなに複雑な事件を扱っていても読みやすいし、逆に「そうか、ここまで書いても、案外見破れないものなんだな」と勉強にもなる。 青崎 同感です。不思議ですよね、「読者への挑戦状」を付した作品もかなりあるのに、「解けるものなら解いてみい」みたいなとげとげしい感じがない。文体の柔らかさもあるのかな。ツルッとしてて、おうどんみたいな読み心地。 織守 のどごしがいい。 青崎 そう。だからこそ、「次も次も」と読んじゃう。 織守 本当に読みやすくて、視点の優しさも気持ちいいんですけど、時々ドキッとするようなことが地の文に書いてあるじゃないですか。火村シリーズのアリスってジェンダーに言及することもあって、「自分がもし女性だったら男性なんて信じられない」なんてことをさらっと言ったりする。シニカルな目線が急に入ってきたり、ハッとする一行が書かれているのも、いいなと思うところです。 今村 けっして優しいだけの物語ではなくて、江神も火村も、実はそれぞれ闇を抱えていますもんね。火村が「人を殺したいと思ったことがある」とか、江神の家族が離散していたりとか、過去に何かがあったらしいけれども、詳しいことは明らかにされていない。 青崎 そこがまた読者を虜にしてしまう要素ですよね。織守さんがおっしゃったハッとする一文ということで言うと、僕が衝撃を受けたのは、中編「スイス時計の謎」(『スイス時計の謎』収録)。推理自体ものすごく秀逸な論理が展開されるんですけれども、火村が謎解きを終えた後、犯人が火村の推理を認める時に、「論理的です。……悪魔的(ディモーニアック)なまでに」と言うんです。要するに犯人が負けを認めた一言で、これ、すごいセリフだなと。僕もいつか犯人に「悪魔的なまでに論理的です」と言わせられるようなミステリを書きたい。漫画の『カイジ』でキンキンに冷えたビールを飲んで「犯罪的にうまい」と言うのと同じくらいのパワーワード。 織守 わかる! 激しく伝わってくるものがあります(笑)。