「音楽を作る黒人女性を支持し続けたい」ヌバイア・ガルシアが示すUKジャズの深化
「音楽を作る黒人女性を支持し続けたい」
―本作におけるサックスの即興演奏に関してはどうですか? ヌバイア:そんなに変わってないと思う。さっき話したように、ストリングスは後から加えたものだから。意識的にストリングスが加わるから演奏をそれに合わせて変えたいと思ったことはなかった。心掛けたのは、自分らしく演奏することのみ。逆に、ストリングスが加わることで私の演奏が変わってしまうとか、本来ならやること、できることを控えるとか、そういうことはしたくなかった。ストリングスは私にとって、あくまでも曲のテクスチャーを作り出している様々な要素の一つだから。ずっと全面に出ているわけではなく、美しい山と谷があり、輝きを放つポイントもあれば背景に隠れていその存在にさえ気づかないようなポイントもある。だから、その一つの要素だけに合わせて何かを取り除いたり控えたりすることはないってこと。そもそもストリングスを加えること自体がいつもとは異なる音の空間を提供することが目的だから、サックスを変える必要はなく、これまで通り自分らしく演奏することだけを心掛けていたと思う。 ―クラシック音楽やジャズの「with Strings」というよりは、これまであなたがやってきたハイブリッドで現代的なサウンドの延長線上にある使い方だなと感じました。 ヌバイア:まさにその通りで、それこそ私が音楽を作りたい方法だから。くっつけるのではなく混ぜ合わせて音楽を作りたいし、オーガニックなものを作りたい。2つの別々のものが存在するような感じにはしたくない。もっと言えば、ストリングがあってもなくても聴けるような、そんな音楽を私は作りたかった。例えばツアーでは、ストリングなしで演奏することもある。12人のバンドと一緒に常に回れるわけじゃないわけで。実際、ストリングスがあってもなくても形になるものを作ることができたと思う。 だから曲を書くときは、その曲が様々な状況で演奏できるものであることを頭に入れておく必要がある。ストリングスがレコードに美しさと魔法、そしてエネルギーを与えてくれているのは確かだけれど、それがなくてもその美しさは失われない。今回のアルバムの音楽の基本はそこだと私は思う。様々な光や空間で聴くことができる。実際にみんなが色々な場所でこのアルバムの音楽を楽しんでくれることを願っている。 ―「現代的に響くようなサウンド」という点では、このアルバムにはどんなアイディアが入っていると言えそうですか? ヌバイア:アーティストは基本、自分の創造的な魂や精神に触れることでアイディアが出てくると私は思ってる。そして、アイディアはそうやって出てくるから、それを描写したり、分析することはできない。アイディアは、書いている時に自分の中から自然に出てきたもので、最初から持っていたアイディアを取り入れて音楽を作ろうとしたわけではないから。本当に自然な流れでサウンドが出来上がっていった。 何かで、サン・ラは毎日作曲をしていたと読んだ。だから、私もそれを実践してみた。毎日欠かさず、8小節であれ、16小節であれ、64小節であれ音楽を作り続けた。それが録音されようがそうでなかろうが、作曲しつづけるという行為そのものが大切であり、自分自身にとっての訓練になると思ったの。そうすることで、自分の中に閉じこめるのではなく、自分の中にあるアイディアにアクセスすることができるようになっていった。創造的な方法で、しかも、出てくる前に自分でその可否を判断してしまう前にね。だから今回の作業は、量と質で言えば”量”が前提だった。そして、その作業の流れに乗る方法を習得すれば、後から追って”質”が出来上がっていく。私はそれをずっと続けたし、それは作曲家として成長する上で最も重要なプロセスの一つだったと思っている。 ―ところで、今作ではストリングスの部分でチネケ!オーケストラを起用しています。彼らを起用した理由は? ヌバイア:彼らのことは何年も前から知っている。私はずっと、彼らの仕事ぶりを見てきた。彼らを起用したかったのは、第一に、彼らが素晴らしい音楽家だから。そして第二に、彼らがヨーロッパ系の黒人や少数民族が多数派のオーケストラであり、クラシックの世界においてその多様性は想像以上に衝撃的だから。4歳から18歳までオーケストラでヴァイオリンとヴィオラを弾いて育った私にとっては、それは本当に重要なことだった。自分のアルバムの中で、そして今までにない自分にとって新しい音楽空間の中で、その多様性を表現することはとても大切だった。クラシックのスペースで彼らがやっていることをサポートしたかったし、彼らがやっていることを支持して、リスナーの皆にも彼らの存在を教えたかったの。それに、彼らが音楽的にもポップやレゲエ、クラシックといった色々なことをやっているのも好き。彼らと一緒に仕事ができて、素晴らしいミュージシャンたちに囲まれることができて、本当に嬉しかった。 ―サポートという部分だと、あなたも学んでいた教育団体トゥモローズ・ウォリアーズは弦楽器奏者を育てるプログラム「StringTing」を数年前に始めています。そういった動きはあなたにとってインスピレーションになっていますか? ヌバイア:そういうふうには考えたことがなかったけど、感動的な動きだとは思う。トゥモローズ・ウォリアーズは先見の明が素晴らしい。出身ミュージシャンたちが世界各地で演奏することで、イギリスだけでなくいろんな国々で音楽や楽器の空間を多様なものにし続けていると思う。それは本当に刺激的だし、「コミュニティというものの存在が何を可能にするのか」を示しているから。 ―Rolling Stone Japanは今年、キャシー・キノシやテレンス・ブランチャードに取材をして、彼らからアフリカ系の作曲家とクラシック音楽の関係について話を聞きました。クラシック音楽の手法は様々なジャンルに取り入れられていますが、アフリカ系の音楽家が作編曲を手掛ける機会は今でも少ないと思います。それが女性となると更に少なくなります。その意味ではあなたやキャシー・キノシ(『Gratitude』)、本作にも参加しているエスペランサ(『Chamber Music Society』)が行なってきたことには大きな意味があると思うのですが、いかがですか? ヌバイア:私もそう思う。私やキャシー、エスペランサ以外にもたくさんいるとは思うけど、彼女たちは男性ミュージシャンほどプラットフォーム化されていない。私は黒人女性が音楽を書いていないという神話を払拭したい。実際は世界中、特にアメリカにはたくさんいるし、それは美しいことだから。私は音楽を作る黒人女性を支持し続けたいし、世界中のもっと多くの人たちが彼女たちをサポートし、機会を与えてくれることを願ってる。私は自分自身が作曲家としてのスキルを磨くことができている現状に感謝しているし、キャシーやエスペランサ、シーラ・モーリス・グレイをはじめとする作曲家たちの大ファンでもあることも伝えたい。 --- ヌバイア・ガルシア 『Odyssey』 発売中 ヌバイア・ガルシア来日公演 2024年10月28日(月)・29日(火)・30日(水)ブルーノート東京
Mitsutaka Nagira