ノンアル飲料、ポスト・イット、キットカット…「予期せぬ成功」をイノベーションにつなげる秘策とは?
■ ポスト・イット、キットカットから学べること ここで大事なのは、期待と現実を照合して、常に現実の方を見ることである。類似する事例は私たちの身の回りにもたくさんあるし、探せばいくらでも見つかるだろう。 レッドブルは東南アジアの栄養ドリンクからヒントを得て商品開発を行い、ヨーロッパ市場に参入した結果、新しい顧客層を作り出した。少なくともレッドブルに似た製品は当時のヨーロッパにはなかった。 他にも有名な例として、3Mのポスト・イットとネスレのキットカットを知る人も多いだろう。これらの商品誕生のエピソードはほとんど都市伝説のように語られているが、どちらも事実である。3Mのスペンサー・シルバーは1968年、本来の担当業務とは別に、接着剤の開発に取り組んでいた。その中で、思いつきで薬品を配合させたことにより、「くっつくけれどもすぐに剥がれてしまう」欠陥品を完成させた。 シルバーの偉いところは、それを隠さずに、社内の技術セミナーで公開したことだった。一方で、同社のテープ事業部のアート・フライは教会の聖歌隊で活動していた。1974年のある日曜日、讃美歌の歌集に挟んでいたしおり──ご承知のように讃美歌集は分厚いので──が滑り落ちるのを目にした。その瞬間、社内の技術研修で知ったシルバーの欠陥品を思い出し、結果として、現在、文具の定番となっているポスト・イットの誕生につながったのである。 ネスレのキットカットは、特に日本特有のマーケティングの成功例として挙げられる。キットカットは元来、イギリス発祥のチョコレート菓子だが、日本でも人気があった。そして、日本では商品名の語感が注目された。キットカットが日本語の「きっと勝つ」とも聞こえることから、受験生の間で合格祈願や激励に用いられるようになったのである。 それを巧みにマーケティングに活用したところがネスレの偉いところだ。受験シーズンになると、合格祈願パッケージや地域限定フレーバーなどで話題を作った。その戦略がうまくいって、日本では大きな成功を収めることができたという。 ここから学べることは何か。ドラッカーは、私たちは問題にばかり意識を取られて、機会に目を向けないばかりか、みすみす見逃してしまうことがあまりに多いと指摘している。 例えば、直近の会議の様子を思い出してみてほしい。目標が未達だったとか、思いの外、組織改革が進んでいないとか、問題ばかりが議論されていなかっただろうか。せっかく日々いろいろな人が、一生懸命努力しているのに、「こんな意外な成果が上がった」「こんな顧客の声があった」など、「追求すべき機会」や「予期せぬ成功」について語られることなどなかったのではないか。 ドラッカーは、報告の際には、「機会」から始めるべきだと述べている。報告書の表紙には「機会」と書かれた一枚の紙を付けるべきだとも。そして、機会の共有を目的とした会議も持つべきだと主張している。 こう考えると、私たちはどれほど問題が好きなのだろう。問題にエネルギーを費やしてもさしたる成果は生まれないのに、どれだけその問題を重要視しているのだろう。一方、顧客側の世界で起こっている機会が、どれほど無視されていることだろう。それらが、「ただの偶然」とか「エビデンスがない」という理由で、一蹴されているのはなぜだろう。 大事なのは、現実に起こったことそのものだ。エビデンスがあろうがなかろうが、起こったことが顧客にとっての現実に他ならないからだ。予期せぬことは、顧客が耳元で、時にいささか荒っぽい方法で教えてくれるイノベーションの秘策なのだ。
井坂 康志