WBC王者、八重樫が笑わなかった理由
11ラウンドの決断
11ラウンドに向かう時、八重樫は迷っていた。 「倒すべきか、最後まで足を使うべきか」。強打、ブランケットは消耗はしていたが、パンチは死んでいない。 【画像】美人すぎるボクサーに強烈ヤジ「ボクシングなんか辞めろ」 オープンスコア方式で8回が終わった時点で、ポイントでは追いつかないことをわかっているメキシコ人は、一発逆転のパンチを振り回してくることはわかっている。「メキシコ人のパンチは堅い、と先輩の川島さんに聞かされていたけれど、本当に堅かった。フライ級のナチュラルなパンチはこれくらいあるのかと驚いた」。 序盤から植え付けられた恐怖心。だが、それ以上にムキになって打ち合う本能が八重樫には備わっている。だからこそ迷いがあった。大橋会長は言った。「打ち合うのは危険だ。11回も動け!」。 八重樫は打ち合いを避けて足を使った。ブランケットの強打をかわしながら、スピードを生かしてショートブローを当てていく。 堅実に考え尽くした戦略を最後の最後まで守ったが、最終ラウンドのゴングを聞いても八重樫は勝者のパフォーマンスを控えた。コーナーに帰ってくると松本トレーナーが八重樫の頭をさすった。 8月12日、太田区総合体育館で開催されたWBC世界フライ級タイトル戦は、3-0の大差の判定勝利でV1戦に成功した。挑戦よりも難しいと言われる初防衛戦で7回にダウンまで奪い完勝したというのに“激闘王”とテレビ的にネーミングされた八重樫の表情は冴えなかった。 「怖かった。思い切り行けなかった。気持ちが弱かった。すいません。世界のフライ級には、こんなのゴロゴロですよね。危ない世界に入ったものです」 一か八かの打ち合いに踏み込めなかったことに対する後悔。挨拶に訪れた前WBC世界Sフライ級王者の佐藤洋太には、よほど試合内容が気になったのか、「オレの試合はどうだった?」と逆に聞く始末だった。佐藤は、「初防衛は難しいです。あんなもんじゃないですか」と返答したが、「これではダメだと思っています」と八重樫は、またまた反省の弁。立派に作戦を遂行したと思うが、八重樫は、メキシコ人の強打を超えるレベルにあるKO決着を求めていた。