WBC王者、八重樫が笑わなかった理由
八重樫は進化している
明らかに体力は消耗していた。ボディが効果的だったが、それがレフェリーにローブローに取られると、松本トレーナーは「ボディは嫌がっているけれど、ここで、またボディを責めると、相手も体を丸めているので、また減点を取れるかもしれない。冷静に上から攻めて行こう」と言った。一度は、頭に血が昇った八重樫だが、冷静に、したたかになることを忘れなかった。左をくぐってステップイン、右のクロスを的中させた。ブランケットはよろけて尻餅をついた。そのトレーニングの賜物である。 土居トレーナーは、試合後のロッカーで八重樫に「最後まで動けたか?」と聞いた。八重樫は「トレーニングのおかげで最後まで左右に動けました」と答えた。 「相手が、事前に高地トレをしてきたと聞いた瞬間に、これは終盤に相手がバテテ、こちらのペースにできることがわかりました。高地から平地への順応は難しいんですよ」。土居トレーナーは、ニヤっと笑った。確かにメキシコ人の消耗は激しく、八重樫は最後までフィットネスが衰えなかった。 敗者の控え室でブランケットは「八重樫のスピードはあった。あそこまでのポイント差はないだろうが、負けたことは納得している。ボディ? それは効いていない」と強がった。日本人トレーナーである古川さんは、こう振り返った。 「左を突きリーチ差、体格差を生かそうと思ったが、最初の4ラウンドの採点で、その左が評価されていないとなって作戦が狂った。八重樫選手は、左右に足を使って動いて当ててきた。足を止めて打ち合うことを臨むメキシコ人選手が一番やられたくないパターン。八重樫は進化している。チャンピオンとして完璧でしょう」 ブランケットに「八重樫のショートの右は見えていたか?」と聞くと、「いや、あれはスピードがあって見えなかった」と、うなだれた。敵陣営の言葉を借りるまでなく八重樫は進化していた。これまでの八重樫なら、ドロドロとした展開に巻き込まれ、もっと顔を腫らしていただろう。