WBC王者、八重樫が笑わなかった理由
危険を承知で組んだマッチメイク
実は、こういう試合展開は予想していた。あれは1か月ほど前だったか。挑戦者のDVDを見た土居トレーナーと、八重樫は「これは、やばい相手」と警戒心を深めた。八重樫サイドは、今回、自由に挑戦者を選べる立場にあった。だが、大橋会長は、あえて安パイを避けスリリングさを求めた。 「アジア系の選手では普通のファンの人に世界戦を実感してもらえない」と、韓国、タイ、フィリピンは避けて、メキシコを含む大陸から3人をピックアップした。その中には、元WBA、WBO世界ライトフライ級スーパー王者のジョバンニ・セグラまでいたそうだが、ハードパンチャーであることを承知の上で32勝利のうち23KOのあるオスカル・ブランケットにターゲットを定めた。 「せっかくゴールデンタイムで試合ができるんです。一般人にドキドキするようなスリリングな試合を見てもらいたい。楽な相手を選んで防衛するのは簡単です。でも、そんな試合を見て、ボクシングって面白いな?と思ってもらえますか」 大橋会長に、そんなコンセプトを聞かされた。誰だとは具体名は挙げなかったが、亀田興毅のマッチメイクを反面教師にして、あえてリスクのある厳しい相手を選んだのは推測がつく。 それは大橋会長のマッチメーカーとしてのプライドであり、なにより、八重樫への信頼感の証に他ならなかった。八重樫なら危険な相手でもスリリングに勝てるという信頼だ。 八重樫は、ブランケットの試合が決まってからは徹底して下半身強化と、出入りの瞬発力を磨いた。ブランケットの強打に対抗するには、ステップワークしかない。 この日のような試合展開になることは想定していた。カッと見境がなくなってノーガードの殴り合いをすることだけは避けたかったのである。ボクシング大国、メキシコからやってきた百戦錬磨のブランケットは、前評判以上のパンチャーで、しかもダーティーだった。 ラウンド最初のグラブタッチの瞬間に殴ってきたり、ブレイクを聞かずに容赦なくクリンチ前後にパンチを当ててきた。大袈裟にバッティングを痛がってみたり、7回にはミゾオチに当たったパンチをローブローだとアピールして減点まで勝ち取っている。