18億の被害、“投機対象”としての高級ブランド時計に憂い…バイヤーに聞く“資産価値”とのバランスをどう見るか?
■“資産価値”だけを気にするなら「早めに売るべき」、問われる高級時計との向き合い方
話は戻って16億円の未返却事件だ。コロナ禍で高級時計が投機対象、資産価値があることを爆発的に広げたことは先に述べたが、この背景を太田店長は次のように見る。 「あの事件は“借りてでも使いたい”という層がいないと成立しない事業。そもそも高級時計は自分の好きなデザイン、精密なお気に入りのメカを“所有する”という自己満足から人気があるのであり、特に『パテック』などはそうで、知る人ぞ知る時計だった。ですがコロナ禍で活発化した投機目的による売買によって、例えば『パテック』はすごいという情報だけが拡散。ゆえにレンタルしてでも“つけている自分を見せたい”というニーズが高まったのではないでしょうか。 基本的に、本当に高級時計が好きな人は自分がつけているという満足度が強く、それは人に見せるためではない。要は高くて手が出ないものをレンタルで使うことに価値を見出した人が増えたということではないかと個人的には思います。なお、ユーザーが貸し出していた時計と同じシリアルナンバーのモデルが、すでに市場に出回っている状況です。これらが二次流通の世界で転売されることは、絶対にあってはならないこと。系列店舗だけではなく他社とも連携しながら情報を共有し、対応を徹底しています」 高級時計所有者側から見ると、「詐欺」「強盗」「傷がつく→資産価値の低下」など様々なリスクを気にしなければならなくなっているのではという疑問も湧く。「確かに実際に金庫に入れて保管されている方もいらっしゃる。ですが高級時計が好きな方は、そのデザインが好き、素材が好き、機械が好きという方が多く、その一番のお気に入りを所有していることが多い。お気に入りゆえに傷がついても手放さない。資産価値の低下を気にしている時点で手放すことを想定してしまっているわけで、もし気にされるのであれば、今は株より相場が上がる状況ではないので、今後、手放したくない時計を買うためにも早めに売ったほうがいいかもしれません」 昨今、芸能人や有名人が高級時計をつけた投稿をSNSにアップし、そこに大量のアンチコメントがつくのも、この流れが関係しているという。「コロナ禍で高級時計に対する知識の入口が“資産価値”に急激に偏った印象があります。もともと高級時計は機械式で何百というパーツから出来ていて、それを作れる職人は一握り…だから価値がある。私ぐらいの時計好きだと、時を刻むアンクルというパーツが好きで、ずっと時計を眺め続けてしまう偏愛にまで至るので、やはり時計は“嗜好品”なんです。そこからではなく“高級”“資産”から見てしまうとヘイトが向かってしまうこともあるのかなと思っています」 正規店での購入が難しくなっている反面、一部の高級時計は店頭で見たもののシリアル違いをECを使って買うこともできる。これが宝石ならば石は一つ一つ違うので店頭で見たとしてもそれと同じ色合いのものが届くとは限らない。だが高級時計はメカゆえに、新品であれば、店頭で見たものとまったく同じものがECから手に入る。二次流通であれば価格を比較しながら購入できるので非常に便利で、数千万の時計がEC経由で売れることも少なくないそうだ。アクセサリーとして有能で、素材から価値があり、歴史ある技術のパーツが何百も重なってできた高級時計。今一度、その価値を、原点に立ち返って見てみたい。投機などの“お金”に代えがたい、自分だけの“満足”がそこにあるのかもしれない。 (取材・文/衣輪晋一 撮影/岡田一也)