インフォーマル部門はアフリカ工業化の希望となるか?(下-1)衣類縫製業編
【写真1】は、ナイロビのキベラ・スラムで撮影したものだが、自宅の前にうず高くゴミが積もるような貧困地区に住んでいる女性が、くっきりしたデザインの鮮やかな衣服を身にまとっている。貧困のどん底のような場所にもおしゃれがあるのを知ることは、アフリカ社会を理解するうえで重要である。そうした庶民のニーズに応えるために、いわば社会の隅々にインフォーマルな仕立て屋が存在する。
女性の縫製業者はどのように開業資金を準備するのか?
さて、インフォーマルな、しかも女性である事業者にとって、大きな課題はどうやってミシンを手に入れ、起業するかである。まず、インフォーマルであり、貧困でもあるのだから、フォーマルな銀行から商業ベースで融資を受けることはほぼ不可能である。さらに融資を受けるうえで女性であることがハンデになるのは、どこでも同じである。ひとつには担保となるような資産保有の面で、女性が男性に比べて不利だからであろう。仮にミシンの販売会社がリース契約を用意していたり、あるいは、援助に支えられたマイクロクレジット(小規模融資)が利用できれば良いが、そうした例は限られている。 そして、彼女たちの多くは、所得が低く、しかも一家の現金収入を自由にできないことが多い。現金収入があっても、放蕩夫が使ってしまうかもしれない。そうでなくともお金はまず子どもやその他の家族を養うために支出しなければならない。広くアフリカでは、家族が日々の暮らしを織りなし、生き延びていくことを支えるのは、まずもって母であり、妻の役割である。そのうえで、手元になけなしのお金が残っても、より困窮した親戚や親しい隣人にせびられると分け与えなければならないことも多い。アフリカの貧困者にとってコツコツと貯金をする、というのは、往々にしてとても難しいことである。 こうした問題を乗り越えようとした女性たちの集団に、ケニア西部の町で出会った。彼女たちが組織していたのは、学術的用語で言う回転式貯蓄信用組合、昔ながらの日本語で言えば、頼母子講(たのもしこう)である。大体十数人の女性がグループを作り、毎月決められた額を皆で出し合って一つの口座に預金する。 ごく最近は緩和されたが、ケニアの銀行は、貧困層にはとても手の届かない最低預金額を決めており、口座を開くためには相当数の人びとで力を合わせてお金を持ち寄るしかない。こうして集められた額は毎月、順番にメンバーのうちの誰か一人(グループの規模によっては複数)が使える。つまり、毎月の貯蓄をお互いに義務付け合う一方で、各メンバーが順を追って一度にまとまった金額を使用できるわけである。ちなみに、ケニアでは、お金を使うという嬉しい機会が順番に回ることにちなんで、こうした頼母子講のことをメリー・ゴー・ラウンドと呼んでいる。メリー・ゴー・ラウンドを含む互助講は広くケニアの都市から農村まで広がっている。 メリー・ゴー・ラウンドによる貯蓄の義務付けは、放蕩夫が勝手にお金を使うことや、親戚・隣人からの分配圧力を避けることにもつながる。また、自分の順番が来ると、一人で貯めるだけではなかなか手にすることのできない大きな金額を費消することができる。私が話を聞いたグループの場合、 そうしたお金でミシンを購入し、仕立て屋を始めることができた女性たちが何人かいた。正にアフリカの貧困な人々の置かれた環境のなかから生み出された知恵と自助努力が、起業を可能にしたのである。 ただ、メリー・ゴー・ラウンドには問題点もある。皆でお金を預けた口座の入出金の管理は選出された会長・会計係が当たるが、会長や会計係がお金を持ち逃げし、あるいは使い込んでしまうこともないわけでない。また、例えば、自分の順番が早いうちに巡ってきて、まとまったお金を入手したメンバーが、その直後に脱会してしまうとすると、このメンバーは、後の支払い義務を免れ、遅い順番のメンバーを犠牲にして自分が得をすることになる。だから、長く続いている(多数回回転している)メリー・ゴー・ラウンドは、住んでいる村や通う教会を共にする信頼できるメンバーだけで構成されていることが多いようである。 ※インフォーマル部門はアフリカ工業化の希望となるか?(下-2)道路建設業編 に続く (京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授・神戸大学名誉教授・高橋基樹) 専門は、アフリカ地域研究、開発経済学。主な著書に『開発と国家―アフリカ政治経済論序説―』(勁草書房)、『現代アフリカ経済論』(共編著、ミネルヴァ書房)など