もはや「同格ですらない」日本とシンガポール、物価高騰に見る「悲しき国力差」とは
成長率が「断トツ」の業種とは?
シンガポールのこうした毎年の給与上昇を支えているのが、同国の堅調な経済成長だ。シンガポールの1人あたりGDPは9万米ドルほどで日本の3倍近い高水準にあるが、依然として経済成長は続いており、その恩恵が国民に還元されている。1人あたりGDPは2010年ごろまで日本のほうが高かったが、日本の低迷を尻目に、シンガポール経済は成長を加速し、この10年で大きな差を生んだ。 シンガポール統計局の発表によると、2023年の実質GDPの成長率は1.1%となった。これは2022年の3.8%から減速したものの、コロナ禍からの着実な回復を示すものとして評価されている。 業種別に見ると、最大の成長率を示したのはホテル業だ。成長率は12.1%と他セクターを大きく引き離した。これに、情報通信5.7%、建設5.2%、不動産4.9%、飲食4.1%など軒並み高成長を記録。唯一、製造業だけが4.3%のマイナス成長となった。シンガポールの製造業は電子機器や精密機器などハイテク分野の比重が高く、世界的な需要減の影響を受けたと見られる。 対日本で注目したいのは、為替レートだろう。シンガポールドルは、金融当局(MAS)による金融引き締めにより、このところ対米ドルで上昇傾向にあり、結果として対日本円のレートも大きく変化しているのだ。2010年ごろ、1シンガポールドルは60円台で推移、その後も80円ほどで推移していたが、2024年6月末時点では118円まで上昇している。シンガポールドルの対日本円での価値は、この10年で2倍近く上昇した格好だ。
シンガポールが世界トップの「ある分野」
シンガポールが高い経済成長を実現してきた背景には、政府の戦略的な財政政策がある。中でも重要なのが、シンガポール特有の歳入の仕組みと的を絞った投資だ。 シンガポール財務省の分析によると、政府支出に占める開発支出(Development Expenditure)の割合は約25%に上る。この数字は、多くの先進国で開発支出の割合が低下傾向にある中で際立っている。シンガポール政府は、イノベーションやデジタル化の加速、研究開発の推進、貿易円滑化、港湾・空港への投資など、将来の成長の源泉となる分野に重点的に資金を投じているのだ。 政府予算案によると、2024年は1,314億シンガポールドル(約15兆円)の予算が組まれる見込みだ。最大となるのは、教育や研究開発、またヘルスケアを含む社会開発で、561億シンガポールドルが充てられる。2022年ベースでみると、実に予算全体の50%が社会開発に充てられた。 教育分野では、初等教育から生涯教育まで継続的な投資が行われており、シンガポールの人材基盤の強化に寄与している。2022年度の教育予算は136億シンガポールドル(約1兆5,795億円)と、政府支出全体の13.3%を占めていた。手厚い教育投資により、国民1人ひとりが変化の激しい環境でも新たな機会をつかみ、生活水準を向上させる基盤が整えられている。 その一方で、シンガポールの政府支出の対GDP比は17.9%(2022年度予算ベース)と、OECD諸国平均の40.6%を大きく下回る。つまり、歳出規模を抑制しつつ戦略的投資を行うことで、強靭な財政基盤と経済成長の両立を図っているのだ。 教育面では、他国に比べ政府支出の割合が少ないにも関わらずPISAスコアでは世界トップを獲得している。 またヘルスケアでも高寿命などの成果を生み出しており、重点的に投資をしつつ、しっかりと成果を出していることが伺える。 財政の持続可能性を支えているのが、外貨準備の運用益を財源の一部に充てる仕組みだ。外貨準備の運用益のうち一定割合は、歳入項目のNet Investment Returns Contribution(NIRC)として活用される。2022年度は215億シンガポールドル(約2兆5,000億円)と歳入全体の26.4%を占め、教育予算の1.6倍に相当する規模だった。また2024年の予算案では、235億シンガポールドルがNIRCによって賄われる見込みだ。 シンガポールは所得税や法人税が他国に比べ低いことで有名だが、このNIRCこそが、税率を低く維持する重要なカギとなっている。低税率は消費を活性化し、経済の好循環を生み出すだけでなく、海外の人材や企業を魅了する要因にもなる。シンガポール経済を見る上で、欠かせない仕組みと言えるだろう。
執筆:細谷 元