「そこに物語があり、人がいる」作家・櫛木理宇が選ぶ、新潮文庫のノンフィクション作品3選(レビュー)
二冊目は山本譲司『累犯障害者』。 筆者の山本氏は、詐欺と政治資金規正法違反で実刑判決を受けた元衆院議員。彼はいざ刑務所に入ってみて、障害者や認知症の受刑者たちの多くが、医療刑務所でなく一般刑務所に入所している事実に驚いたと言います。懲役作業で彼らに仕事を割りふり、介助や下の世話をしていた筆者だからこそ書ける、渾身のルポルタージュです。 知的障害があるのに、福祉と繋がることがなかった犯人たちの悲劇「下関駅放火事件」「浅草・女子短大生刺殺事件」。障害者年金を詐取され、ヤクザの食いものにされる障害者たちの現実を描いた「宇都宮・誤認逮捕事件」等々、福祉の枠からこぼれ落ちてしまった人々の悲哀が次々と紹介されていきます。 出色は、前述の「浅草・女子短大生刺殺事件」の犯人の家族を描いたくだりでしょう。長男である犯人が逮捕されたことで、皮肉にも彼の一家ははじめて福祉団体と出会います。父親は五十八歳にして知的障害ありと認定され、癌患者の妹もようやく支援を受けるのです。個人的には、もっともっと多くの人に読まれてほしい一冊です。
三冊目はもうすこしエンタメ性の強い本を、ということで吉村昭『破獄』。 こちらは小説ですが、主人公にあきらかなモデルがおり、細部にこそドラマティックな脚色はあれど、ある意味伝記と言ってもいいような犯罪小説です。 主人公は青森、秋田、網走、札幌と四つの刑務所から脱獄した「昭和の脱獄王」白鳥由栄。いまだと「漫画『ゴールデンカムイ』の白石由竹のモデルにもなった人物」と言ったほうが通じるのではないでしょうか。本書では“佐久間清太郎”の名で登場し、その脱獄を阻む看守たちとの闘いが描かれます。 佐久間がなぜ犯罪にいたったか、彼の生い立ちは、などの背景はさらりとした説明にとどめ、脱獄をはかる主人公と、させまいとする看守たちとの熱い攻防戦のみに焦点が当たっているのが特徴で、犯罪小説でありながら読者にある種の爽快ささえ感じさせます。 最後に、新潮文庫といえばやはりページ上部のギザギザこと“天アンカット”と“しおり紐”ではないでしょうか。このしおり紐は正式にはスピンというそうですが、やはりここは、しおりという美しい日本語を用いたいです。このご時世、天アンカットもしおり紐もコストがかかって大変でしょうが、今後とも是非このままで――と、新潮文庫ファンとしては切に願っております。 ※[私の好きな新潮文庫]そこに物語があり、人がいる――櫛木理宇 「波」2024年8月号より [レビュアー]櫛木理宇(作家) 1972年新潟県生まれ。2012年、『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞・読者賞を受賞。瑞々しいキャラクターと読みやすい文章で読者モニターから高い支持を得る。同年、「赤と白」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、二冠を達成。『避雷針の夏』『世界が赫に染まる日に』『死刑にいたる病』など著書多数。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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