クィアパルム受賞『ジョイランド』が描く家父長制の苦しみ。「男性に必ず幸福をもたらすわけではない」
トランスジェンダーの役を当事者が演じる重要性。「映画が良くなることにつながる」
―日本でも最近になり、トランスジェンダー役を当事者が演じる機会がわずかながら増えてきました。『Darling』『ジョイランド』でアリーナ・ハーンさんを起用してきた監督は、当事者に演じてもらう重要性をどのように考えていますか? サーディク:とても重要だと思います。ただそのトピックについて「適切なキャスティング」という意味ではなく、さも慈善事業かのように「トランスジェンダーの人々に役を与えてあげるべき」という会話が交わされることもあるように感じています。でもそれはちょっと上からな考え方の気がするんです。 私が当事者をキャスティングするのは、映画をより良くしたいという非常に利己的な理由からでした。トランスジェンダーの俳優がトランスジェンダーの役を演じることは、キャラクターがより精細で信憑性のあるものになるので映画が良くなることにつながるのです。 キャスティングの方法として、それぞれの役柄に最適な人を選ぶことを人々は考えるべきだと思います。トランスジェンダーのキャラクターを演じるのに最適なのは、つねにトランスジェンダーの人です。キャスティングのプロセスは義務的なものではなく、創造性を重視した決定であるべきだと私は思います。 また、現代の社会ではほとんどの人が、「トランスジェンダーであるとはどういうことか」や「トランスジェンダーが生きるうえでの経験」を理解しようとしていません。私がトランスジェンダーのキャラクターを登場させ、当事者に演じてもらう理由のひとつは、人々がその状況を理解すべきだと思うからなのです。 ―パキスタン映画におけるクィア当事者の起用状況について教えてください。 サーディク:残念ながらまったくありません。これまでもトランスジェンダーのキャラクターが映画に登場することはありましたが、それをトランスジェンダー当事者が演じるのは短編なら『Darling』、長編なら本作がはじめてだと思います。じつはヌチ役(ハイダルの義姉)の俳優を何名かにオファーしたところ、皆ビバ役を演じたいと言ったんです。その役は当事者の俳優に演じてもらうのでそれはできませんとお断りしましたが。 ―世界的に映画のなかでも現実でもレズビアンは透明化されやすい状況にありますが、パキスタンではいかがでしょうか? サーディク:パキスタンでも同様で、レズビアンやそれに近しい描写を描いた映画やテレビ作品を私は知りません。仮にあるとしても、それがメインストリームの作品であるならばまったくうまく描かれていないでしょうね。