女子陸上界のエース・田中希実を支えたランナー一家の絆。娘の才能を見守った父と歩んだ独自路線<RS of the Year 2024>
「自分の限界を決めない」強さと、背中合わせの“波”
――様々な要素のトータルバランスから、希実さんの場合は何が一番の強さの源になったのでしょうか。 田中:諦めが悪くて、自分の限界を決めていない。悪く言えば、頑固で偏屈なところでしょうか(笑)。一度トライしようと思うとそれが実現するまでチャレンジし続ける粘り強さがあり、陸上競技に限ったことではなく、何に対しても最後まで諦めないでやり続けることができます。私たち親がそうやって育てたわけではなく、それは根っこから本人が持っていた部分だと思います。 ――希実さんも、ご自身の性格について「負けずぎらいで、あまのじゃく」と公言されていますね(笑)。一度決めたことを最後まで貫く芯の強さは、ランナーとして結果を残してきた健智さんと千洋さんの目から見ても特別な才能だったのですね。 田中:そうだと思います。陸上の長距離は、欧米の選手やアフリカの選手が席巻していて、「日本人には不向き」と言われることもあります。いわゆる“忍耐”で走っていた頃のマラソンは日本人も強かったと思いますが、身体能力やスピード勝負になった時には、「日本人には難しいね」と言われてしまう。そういう声に対しても、「ここまでしかできない」という壁を作らずにきていることは、彼女の良さであり、強みだと思います。 ――性格的な面では、どちらかというと千洋さんよりも、健智さんに似ているのですか? 田中:「あまのじゃくで負けず嫌い」という部分は、私の方に似ています(笑)。家内は現実主義な部分があり、「今ある環境で最大限の努力をすればいい」と考える。だから、結果が出なかった時にくよくよ考えたり、その思いを誰かにぶつけることなく、すべてを受け止めて次に向かえるんです。ただ、希実の場合はその悔しさをずっと引きずってしまう。その執念深さが、これまで苦しみながら結果を残せてきた理由だと思います。ただ、それが良い方に転ぶか転ばないかは、背中合わせでもあります。 ――2023年の下半期は、日本選手権で1500mと5000mで2年連続2冠、5000mでは、8月の世界陸上と9月のダイヤモンドリーグで日本記録を2度更新するなど、記録づくめでした。その中でも大きな葛藤はあったのですか? 田中:大会の成績を表面的に見たら順調にいっているように見えるとは思うんですが、裏では葛藤や悩みを抱えていました。周りから見るとそんなに大きな躓(つまず)きに見えないことも、本人にとっては大きな失敗に感じていることがあります。それが表面化したのが世界陸上でした。1500m準決勝は最下位で敗退しましたが、一方で5000mの予選では日本記録、決勝は8位入賞。そのように両極端な結果が出たのは、彼女自身の弱さの現れでした。私はコーチとして、その極端に現れる波を取り除こうと取り組んできたのですが、それが表面化してしまったのがあの大会だったと思います。
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