「笑うアシカ」生みの親、シャチの大ジャンプに込める思い スマシー館長・中野良昭さん 一聞百見
「ステージ向きだからとの配置転換だったようです。観客の前で生き物たちといきいきと技を披露するトレーナーもいいな」と思い直し、海獣との付き合いはそこから30年超にわたり続くことになる。
飼育係として最初にタッグを組んだのが3歳の雄のカリフォルニアアシカ、マンディーだった。「海なし県の埼玉で育ち、アザラシとアシカの違いも分からないところからのスタートだった」と頭をかく。初めはコミュニケーションをとることもままならなかったが「そっぽを向く相手をどうにか自分の方に向けたい」と夢中になった。日々の飼育で少しずつ信頼関係を築きながら「逆立ち」などステージで披露するさまざまな技を習得していく中で、編み出したのが「笑い」だった。
今でこそ、複数の水族館で披露されているアシカの笑いだが、中野さんがトレーナーとなった30年以上前には、国内での成功例はゼロ。米国の一部水族館で披露されているという情報を知った上司の提案で、「面白そうだと研究を始めたものの、どう教えたらいいのか分からない」と途方に暮れたという。
鏡の前で笑い顔をつくり、筋肉の動きを眺めてみたり、「そんなことしたってうまくいくはずもないんだけど」と、ついにはお手本とばかりにマンディーに向き合い笑ってみたり。研究は困難を極めたが、観察を続けるうち、マンディーがピクッと唇を上げる瞬間に気づいた。ヒントはヒゲの動きにあった。技の完成に1年近くを要し、「成功したときは本当に喜び2人で笑い合った」という。
ところが迎えた初お披露目では大失敗。「練習で散々うまくいったのに緊張したのか。『お前も俺の気持ちがうつっちゃったか』と2人でがっくり。初めての挫折でした」
忘れられないエピソードはほかにもある。水族館のある房総半島近海は海流の関係でときに思いがけない珍客が迷い込む。弱ったアザラシやオットセイなどが流れ着けば、水族館の出番となる。10年前には北の海に生息し、本来なら現れることのない迷いトドが漂着し、報道などで話題になった。