ニトリHD・似鳥昭雄会長が語る「いずれは1ドル110円台になる――そのとき私たちはどう働くか」
「3年の遅れ」を取り戻す
記録はいつか途絶える。わかっていても、いざ現実となると衝撃だった。 家具製造・販売大手ニトリHDの’24年3月期決算で、上場以来33期続けた増収増益の記録が途絶えたのである。 【画像】ニッポンの行く末を語る ニトリHD・似鳥昭雄会長の「素顔写真」 「前期が13ヵ月と11日の変則決算だったことに加え、最大の理由は円安です。’20年3月から見ると、1ドルが111円から161円まで50円も円安になった。うちは1円で年間20億円も為替の影響を受けるから50円の差が1年続けば1000億円の差損。これはどうしようもありません。それでも、経常利益の減益は117億円に収めた。社員はよくやってくれました。しかも、この間に会社は筋肉質に生まれ変わることができた。人間と一緒で、会社も鍛えなければいけない。僕も今は筋トレをやっていて、多い時は1ヵ月で1㎏以上筋肉量が増えた。努力すれば、その分だけ結果として返ってくるんです」 急激な円安に日経平均株価の乱高下。先行きの見通せない時代に、カリスマ創業者・似鳥昭雄会長(80)の率いるニトリはどのような戦略を打ち出していこうとしているのか。日本経済の見通しとあわせて、トップである似鳥会長に問うた。 「厳しい外部環境の変化に対応するため、商品の原材料を世界のどこから調達するかを見直すなど、コスト削減の努力を欠かさず、お客様が満足出来る商品を提供し続ける。それは増収増益が途切れようとも、何も変わりません。国内は大型店を出店できる場所がかなり限られてきましたが海外は無限ですから、今後は海外でのビジネスが中心になる。国内の新たな出店数が年間でだいたい50なのに対し、海外は100。将来的には海外で毎年200店以上の出店を目指しています。元々『グローバルチェーン展開の加速』を中長期経営戦略として掲げてきましたが、コロナでこの3年間動けなかった分を取り戻さないといけない。いずれは売り上げも国内と海外を50%ずつにしたいと思っています」 ’24年3月期時点でニトリの海外店舗は179だったが、今期中にも270に増やす計画だ。出店地域はアジアを中心に既に11ヵ国に及んでいる。中でも注力しているのが、台湾と中国大陸だという。 「19世紀は産業革命が起きたイギリスの時代、20世紀は戦争もあったけどアメリカの時代。21世紀はアジアの時代になると僕は思っている。恐らく世界のGDPの半分以上をアジアが占めるようになるんじゃないでしょうか。どこを狙って出店するかといえば、発展するところ」 中国経済は今、バブル崩壊の真っ最中と言われており、アメリカとの対立も激化が予想される。その中で中国進出に前のめりになるのは、リスクが大きいのではないか、と投げかけると、力強い答えが返ってきた。 「中国経済が落ち込んでいるのは間違いありません。進出した日本企業も困っている。正直、我々も苦戦しています。でも、それでいいんです。もう少し待つべきじゃないかという意見もあるけど、それでは遅い。景気が悪い今なら家賃も安く、いい条件で出店できる。中には出店したけど、予想以上に数字が悪い店もあります。でも、その時は撤退すればいい。スクラップ&ビルドで、良い店が残っていく。つまり、ピンチもチャンスに出来るんですよ。こうして景気がよくなる頃には中国の店舗数が300~400店になって、あの時出店してよかったな、と思える時が来るはず。じっくり待つ。それが海外ビジネスではないかと思います」 ◆年内に1ドル130円台へ 強気の戦略を打ち出せる背景に、国内事業の好調があるのは言うまでもない。ホームセンターの島忠との経営統合、アパレルなど家具類以外の分野への進出により、売り上げは順調に伸びている。 「これまで外部にお願いしていたものの内製化も進めています。例えば、物流センターを賃貸から自前に切り替えている。それだけで年間10億円以上コストが下がる。あとはカーペットやカーテンなども自社製造に力を入れている。素人だから最初は苦労するけど、ある程度続けると、何十年もやってきた専門の業者より改善していける。これまで外部に渡していた利益を自分たちの利益にすることで、お客様に価格で還元できるんです」 何よりこれまで苦しめられた円安が、ここにきて反転。円高に向かい始めたことはニトリにとって好材料だ。会長が笑みを浮かべながら語る。 「足下は1ドル143円程度ですが、年内には130円台、来年は120~130円の間、いずれは110円台になると予想しています。理由は、日米の金利差の縮小。日本ではようやく利上げが始まりましたが、アメリカはこれから大きく金利を下げてくるでしょう。既に景気悪化を示す指標も出始めましたが、僕が注目するのは不動産市況。既にアメリカの大都市の家賃は2~3割程度下がっていますが、いずれ半分になるという意見もある。今はまだ予兆ですが、これから景気は本格的に悪くなるから、利下げするしかない。 年内にも0.5%程度の利下げがあると見られるし、来年も1%、さらに再来年も同じく1%下げることもあり得る。そうなれば当然円高が進みます。円高で儲けが増えた分、ニトリはどうするのか。もちろん、商品の値下げで皆さんに還元します。早ければ年明けにも価格見直しができるかもしれません」 ニトリにとっては追い風となる円高だが、日本経済全体にとっては必ずしもプラスではない。輸出産業を中心にした大企業は、円安で潤ってきたからだ。為替差益を含めて最高益を叩き出した企業も少なくなかったが、これからは真逆の状況になるといえる。 7月11日に4万2224円の史上最高値を更新後、下落が続く日経平均株価だが、さらなる下落もあり得るのだろうか。似鳥氏の見立てはこうだ。 「大企業の想定為替レートは、1ドル146円程度ですが、既にそれを下回っています。その分、利益が減るため、株価はそれを如実に反映するようになるでしょう」 株価の下落は新NISAなどで株に投資している個人にも悲報だが、企業にとっても頭が痛い問題だ。8月にセブン&アイHDがカナダのコンビニ大手から買収提案を受けて話題になったように、日本企業が海外企業による買収の標的になる危険性が増すからだ。だが会長は、いたって冷静だ。 「あれだけの規模の会社が買収の標的になるのか、と驚いたかもしれません。でも海外の大企業から見ると、時価総額は小さいわけです。今の円安のおかげで彼らは非常に割安で日本企業が買える。再び110円まで円高が進めば話は変わりますが、日本企業が海外の格好の餌食になる可能性はしばらく続くでしょう。しかも海外ファンドは、どれだけ固定の株主がいるかなど、切り崩しを綿密に研究してきます。大企業でも油断はできません」 日本企業が買収に備えるための秘策はあるのか。似鳥会長が続ける。 「とにかく拡大を続けることです。そのためには、儲けたお金を貯め込むのではなく、どんどん事業に投資すること。そして、社員の給料を上げる。支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数を見ても日本は27%で、15%のアメリカのほぼ倍です。これを見てわかるように、日本は相当貧乏な国になっていることを自覚しなければいけない。このままでは消費も増えませんし、企業自体の利益も増えません。ただ、生活コストが高いのは円安で輸入品が高くなった事も大きい。また、政府はインフレ目標2%を目指すとしていますが、賃上げが追い付いていない以上、1%台が適切なのではと感じています」 ◆ニトリの後継者 では、こうした厳しい経済状況の中、企業や個人には、何が求められるのだろうか。 「企業や経営者に必要なのは、ロマンとビジョン。志と言ってもいいかもしれない。人の役に立つことを第一に長期ビジョンを立て、それを推し進めてほしいです。実はうちも創業当時は売り上げや利益を考えていたのですが、『人のため』と意識が変わってから業績がよくなった。売り上げや利益はあくまでご褒美なんですよ。個人もそれは一緒。どうすれば社会のためになるかを考えて仕事をしてほしい。そうすると嫌でも出世して、収入も増えるはずです。 うちは社員に20年の長期ビジョンを作らせている。思いつかないという社員には、とりあえず50歳で子会社の社長と書けばいいと伝えています。後継者の話でいうと、今は50歳前後の子会社社長が10人ほどいます。若いうちから資金繰りなど苦労してもらったうえで、彼らの中からニトリ本体の社長が出てくればいい。60歳からいきなり社長というのでは遅い。創業社長のような苦労をした人に、次のリーダーを任せたいのです」 取材の最後、似鳥会長は色紙へ「先客後利(せんきゃくこうり)」と揮毫した。これは、「まずはお客様が第一。お客様を満足させられれば、利益は後からついてくる」といった意味の会長自身が作った言葉だ。 「お金のことばかり考えるな、と言うとお前はどうなんだ、と言われそうですが、僕はもう何十年も自分の給料を上げていません。持っている株も、奨学財団を作って寄付しています。誰かが喜んでくれるのが一番。最後はすっからかんで死ねれば、最高じゃないですか」 似鳥会長は、こう豪快に笑い飛ばしてみせた。壮大なビジョンを持つニトリに迷いはない。この激動の時代も、力強く乗り越えていくに違いない。 ◆ 似鳥昭雄 ’44年、樺太生まれ。北海学園大学経済学部卒業後、広告会社を経て’67年に似鳥家具店を札幌で創業。’86年、社名を株式会社ニトリに変更。’16年、株式会社ニトリホールディングス代表取締役会長に就任した。’24年2月からは事業会社・ニトリの社長に10年ぶりに復帰している 『FRIDAY』2024年10月11日号より 取材・文:平原 悟
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