ネコ飼育の始まりは農耕化によるネズミ駆除目的?イエネコ起源の謎(中)
人家・居候(いそうろう)への道
さて吾輩の先祖はどうして、人間の住処である家や村落において居候をする運命を選んだのだろうか?「食事に不自由しない」という説に、吾輩は断固として「No」を突きつけねばならぬ。こう見えても一宿一飯の義理だけで、飼い主と暗黙の契約を交わすことを、吾輩は好まない。この21世紀においても、こうした光景はそれほど多くみられないのではないか? ほろ酔い加減のサラリーマンの方が焼鳥の切り身を路地裏に野良に与えても、居ついてくることはほとんどないだろう。家のドアを開け放しておくと、しれっと出て行ったまま二度と帰ってこない猫も少なくないはずだ。路地裏で見かけられる特定の飼い主をもたない猫も、この21世紀に入ってもいまだにたくさん存在するのは紛れもない事実だ。 人類が農耕化を行い始めた当初、穀物にたくさんのネズミが群がり暗躍をはじめた ── この一大事件がネコとヒトの最初の絆を深めた。いわゆる「ネズミ駆除説」が、今のところの研究者における定説として広く支持されているようだ。先週紹介したイエネコ進化と起源に関する論文(Ottoni等2017 )も、このネズミ駆除説をもとに議論を展開してる。この仮説は大まかに麦や米な度代表的な穀物の農耕開始時期(約9500―1万1500年前)と、ネコペット化の起源が、大まかに一致している点にもとづいているようだ。 -Ottoni, C., et al. (2017). The palaeogenetics of cat dispersal in the ancient world." 1: 0139. しかしこのネズミ駆除にもとづくアイデアも、「あくまで仮説に過ぎない」という点に我々は注意を払うべきだろう。反論の余地はいくらでもあるからだ。例えばネズミの被害に関する証拠はどれほどあるのだろうか? 具体的に1万年くらい前の遺跡地から見つかる「多数のネズミの骨」や、古代エジプトの壁画における「甚大なネズミ被害の記録」などを、吾輩はほとんど耳にしたことがない。(注:念のためいろいろサーチしてみたが、何もヒットしなかった。)ちなみに古代エジプト人は歯痛対策としてネズミの死体を口に入れることを、治療として行っていた記録があるそうだ。自分からわざわざあえて病気になるようなもので、とても疫病を抱えるネズミの危険性に古代エジプト人が気づいていたようには思えない。 そして現在、猫をネズミ駆除として飼っている方は、はたしてどれだけいるのだろうか尋ねてみたい。猫がネズミを駆除するために、具体的にどれほど効果的なのか?こうした疑問を感じる猫オーナーは多数いるのではないだろか? ほとんどの方が愛玩用―いわゆるペット―として、猫を手元においてあるイメージが吾輩には見受けられる。 閑話休題。一愛犬家から言わしてもらうと、テリアなどの犬種のほうが、猫よりもネズミ駆除には向いているようだ。こうした小柄で敏捷な犬たちは17―19世紀のヨーロッパ各地において非常に重宝され、たくさんの品種の改良も進んだ。この頃になるとペスト等の深刻な伝染病の原因として、ネズミの存在が科学的に解明されていた。こうした犬たちはただ「楽しみ」のためだけにネズミを追いまわし、1日に何百匹としとめる性質を備えている。当時、各地でこうした犬によるネズミ捕りのゲーム大会さえ、見世物として頻繁に開かれていたという。 一方、ネコ系の種は自分の食べる分量の獲物しか基本的に捕らない。イエネコなら1日に1、2匹のネズミでじゅうぶんだろうか。毎日キャットフードをきちんと準備されていれば、ネズミなどにまるで見向さえしなくなるのはそのためだ。(吾輩をぐーたら呼ばわりするのはお門(かど)違いというものだ。)満腹になったライオン達はシマウマの大群の前でごろりと横になり、一時の間でも世界平和に貢献する。さらにつけ加えさせていただくと、清潔化が進んだ現在の日本の住宅環境で「ネズミなど自宅で見たことがない」という方さえ多いのではないか。 もしネズミの被害が猫のペット化の最大の要因ならば、家庭で飼われている猫の数は年々減ってきているはずではないか? しかし明らかにまるで逆の傾向が見られる。猫ブームはますますの盛況を見せ、単に一時の流行というよりは、もはや文化として定着しているといえる。ちなみに正式に登録しているペットの数が、2016年の日本国内において、はじめて猫が犬の数を上回ったそうだ(平成28年全国犬猫飼育実態調査のデータ参照)。吾輩の仲間たちは生物史に残る大成功を成し遂げているようだ。 こうした諸々の事実を見つめてみると、もしネズミ駆除仮説が正しいなら、初期ペット化の過程において、人類はネコたちを穀物小屋の中に閉じ込め、半飢餓状態にしておいたことにならないだろうか? 日当たりのいい快適なリビングルームの一角や台所の冷んやりとした床の上などに飼われていては、ネズミを追いかけるやる気というか本能が、なかなか効果的に現れないからだ。一方、もし人間が吾輩の仲間に過酷なネズミ・ハンティングの労働をあたえたとすると、ほとんど全ての猫はとっとと飼い主に愛想をつかして出て行ってしまうはずだ。(この点においてもネコは犬と大きく異なるようだ。) ※イエネコ起源の謎(下)に続く。