国会理容師惜しまれ卒業 福島県川内村出身の小鹿里代さん(85) 12月27日閉店 半世紀以上、歴代首相ら通う
国会で半世紀以上にわたって政治家や職員らに愛されてきた理髪店が年の瀬に、惜しまれつつも営業に幕を下ろす。経営するのは福島県川内村出身の理容師小鹿里代さん(85)=埼玉県川口市在住=。10代の頃からこの道一筋で歴代首相の散髪を何人も手がけながら、国内政治の変遷を見守ってきた。「こんなにも長く続けられたのは人に恵まれたおかげ。最高に幸せ」。あふれる感謝の思いを胸に今日もはさみを握る。 川内中を卒業後、郡山市の理髪店に住み込みで働きながら市内の専門学校に通った。父遠藤粂治さんの「手に職をつけなさい」との勧めを受けてのことだ。18歳で理容師の資格を取得したのを機に上京し、国会内の理髪店に勤めた。理容師資格取得者は重宝され、政治家の散髪を任されるようになった。 モットーは「人を悪く言わないこと」。お客さんが会話の中で人の悪口を出すと、すぐに話題を変えた。自然と店内には笑い声が増えるようになり、明るい空間が生まれた。そんな居心地の良さを求めてきたのは国会勤務の一般職員から官僚、政治家まで幅広い。田中角栄元首相や中曽根康弘元首相、斎藤邦吉元厚生相(相馬市出身)ら閣僚経験者も常連だった。特に印象的だったのは大物政治家の財布だ。1万円札がこぼれそうなほど詰まっていたのが今でも忘れられない。
出産のため一時仕事を離れたが、1967(昭和42)年7月に長男が誕生して程なく衆院事務局厚生課から電話があった。国会内の理髪店が閉店するため、新店舗の経営者として小鹿さんに白羽の矢が立った。翌年3月の開店に向けては福田赳夫元首相が保証人を買って出てくれた。 かつての政治家について「思いやりがある人たちばかりだった」と回顧し、常日頃からの気遣いに感謝する。その思いを形にしようと恩返しの気持ちも忘れなかった。池田勇人元首相が入院した際には昼休みを利用して病院に出向き、無償で髪を切ったこともあった。 自民党派閥裏金事件などに伴い国民の政治不信が高まっている現状に「最近は自分のことばかり考えている政治家が多くて残念だ」と苦言を呈す。「人のために働く気持ちを大切にしてほしい」と願う。 ■常連らねぎらう 小鹿さんの理髪店は12月27日に閉店する。吉野正芳元復興相(いわき市出身)の秘書を務めていた石川貴文さん(49)=大熊町出身=も10年以上通う常連の一人。「技術の高さと人柄の良さで、誰からも信頼されていた。寂しくなるが、ゆっくり過ごしてほしい」とねぎらった。
小鹿さんは年明け以降、趣味の旅行などを楽しむつもりだ。まずは、いわき市のいわき湯本温泉を訪れる計画を立てる。「国会は国権の最高機関だが、自分にとっても国会で働いた時間は“最高期間”だ」と笑う。「元気なうちにたくさん楽しまなきゃ」。第2の人生の始まりに心を躍らせている。