これこそ本物のドライバーズ・カーだ! メルセデス・ベンツEクラスとメルセデスAMG GTクーペに自動車ジャーナリストの渡辺慎太郎が試乗してその理由を語った!!
メルセデスにとってセダンはブランドの象徴!
ある意味メルセデスとAMGの象徴ともいえるEクラスとGTクーペに乗ったモータージャーナリストの渡辺慎太郎は、20世紀末に端を発した迷走が、現行SクラスにおけるAMGとの差別化で、ようやく収まったと考察する。 【写真21枚】Eクラスのセダンはメルセデス・ベンツのど真ん中! AMG GTにスポーティネスを譲って晴れて現代のドライバーズ・サルーンになることができた! ◆メルセデスの迷走 カール・ベンツによって「自動車」としての特許を取得した1886年を起源年とすると(ダイムラー・ベンツ社の創業は1926年)、メルセデス・ベンツは138年もの歴史を有する自動車メーカーということになる。そんな長きに及ぶ時の積み重ねにより、いまではそれなりの知名度とブランド・イメージを確立しているメルセデスには、確固たる哲学のもとに質実剛健なクルマをずっと作り続けてきたという印象を持たれているかもしれない。 ところが実際には、1990年頃からメルセデスはフラフラし始める。モデルでいうと、EクラスのW124やSクラスのW126がモデルチェンジを果たした頃だ。Sクラスは巨漢となり(W140)、Eクラスはコスト削減丸出しとなる(W210)など、「おいおいメルセデスは大丈夫か」と誰もが危惧し始める。こうした変貌ぶりの背景には、1998年に発表されたクライスラーとの合弁があったのは間違いない。「世紀の大合弁」などとも言われたが、本当にうまくいくのだろうかという疑心暗鬼な世論が渦巻いた(そして事実上うまくいかなかった)。 メルセデスの迷走はその後もしばらく続く。巨漢のSクラスの後継モデルは一気にカジュアルになり(W220)、パッケージ優先だったデザイン哲学はスタイリング優先のCLSの誕生により封印される。CLSは「メルセデス・デザインの終焉」などと酷評されたりもしたものの予想を大きく上回る大ヒットとなり、結果的にその後は多くのメーカーが追従して“クーペ風”のセダンやSUVをせっせと作るようになった。 実はメルセデスは迷走のみならず変節の多いメーカーでもある。鳴り物入りで導入した技術(W211のブレーキ・バイ・ワイヤーなど)やサブ・ブランドのEQをとっとと引っ込めたり、BMWが導入を始めたときに「我々には必要ない」と言っていた後輪操舵をしれっと採用したり、この種の変節は枚挙に暇がない。 そんな中にあって唯一、死守してきたのが操縦性に対する考え方だった。「ステアリング・レスポンス」や「スポーティなハンドリング」といった言葉は頑ななまでに使わず、実際の味付けも正確性や安定性を重視したものに終始した。これにはBMWの存在があることに疑う余地はないのだけれど、先代のCクラスでついに開発コンセプトに堂々と「アジリティ」という言葉を使った。そこには、意地でもBMWの十八番である「スポーティ」は使うまいというメルセデスの気概のようなものが透けて見えてちょっと面白い。 この辺りから、メルセデスは全モデルを通してスタイリングや操縦性にスポーティなスパイスの積極的投与を開始する。顧客の年齢層を引き下げたいという切実な願いもあったのだろう。この施策が販売台数の向上にどれくらい寄与したのかはよくわからないが、市場の一部から「メルセデスの威厳が薄れた」との声が挙がっていたのは事実だった。 ◆それぞれ独自の路線へ そしてあらたに潮目が変わったのは現行Sクラスからである。見た目からも乗り味からも、スポーティな要素はほとんど消え失せ、エレガントでラグジュアリーな真っ当なセダンとなった。この時の国際試乗会で、その理由を開発責任者へ聞いた。 「正直に言うと、スポーティとエレガンスを両立させるのは非常に難しく、結局どちらも中途半端なものになりかねない。そこで新型Sクラスでは、スポーティな要素はもうAMGに任せることにしたんです。そしたら開発が一気に進みました(笑)。我々は優れた乗り心地と高い静粛性と上質な乗り味に専念できるのですから。で、我々の理想とする正当なSクラスを作り上げ、それをAMGに託してあとは好きなようにどうぞとしたわけです。結果的にこのやり方はうまくいったと思っています」 これと前後するように、AMGは独自路線を猛烈にアピールするようになる。スポーティとエレガントの両立の極みみたいなモデルだったSLを、原点回帰と銘打ってスポーツカーとしてAMG専属にしたり、“Eパフォーマンス”と呼ぶオリジナルのハイブリッド・システムを新設したり、F1由来のAMG ONEをお披露目したり、AMG専用のBEV用プラットフォームの開発を発表するなど、AMGはAMGでようやくやりたいことを存分にできるようになった。 そしてメルセデスは現行のEクラスを発表する。CクラスがEクラスをカバーできるサイズにまで成長してしまい、CとSに挟まれたEクラスの存在感は薄れていた。それでも存続を決めた理由を、メルセデスの役員は次のように語っていた。 「世界各国でメルセデスと聞いて思い浮かべるボディ・タイプを伺うと、いまでもセダンと答える方が大半なんです。実際にはSUVのほうが売れているのに。つまり、メルセデスにとってセダンはブランドの象徴であり、それを止めるわけにはいかない。カジュアルなCクラスと、ショーファー・ドリブンとしても使えるSクラスが完成したいま、上質なドライバーズ・セダンとしてのEクラスには存在意義があるのです」 ◆変節の収束 ドライバーズ・カーというと、自動的にスポーティな操縦性を連想してしまうが、そんなことはない。クルマとの意思疎通ができてドライバーの入力通り正確に動き、動的質感が高ければそれは立派なドライバーズ・カーであり、Eクラスはちゃんとそうなっている。その上、Cよりも明らかに上等で、でもSほどフォーマルではない絶妙な雰囲気は、デザインと乗り味の両面からも感じとることができる。 AMG GTのフルモデルチェンジのニュースを聞いたときは「SLのクーペ版か」とあまり期待していなかった。先代はリア・トランスアクスル形式の専用シャシーを持っていたからだ。ところが乗ってみるとSLとは別物過ぎて驚いた。正真正銘の硬派なリアル・スポーツカーである。「エレガンスが希薄になった」と思っていたSLの印象が、とてもエレガントなクルマへと一変した。 この2台は現時点において、これまでのメルセデスの変節がようやく収束して誕生した、本物のドライバーズ・カーだと思っている。 文=渡辺慎太郎 写真=郡 大二郎 ■メルセデスAMG GT634マティック+クーペ 駆動方式 フロント縦置きエンジン後輪駆動 全長×全幅×全高 4730×1985×1355mm ホイールベース 2700mm 車両重量(前軸重量:後軸重量) 1940(1060:880)kg エンジン形式 水冷V型8気筒DOHCターボ ボア×ストローク 83×92mm 排気量 3982cc 最高出力 585ps/5500-6500rpm 最大トルク 800Nm/2500-5000rpm トランスミッション 9段AT サスペンション(前) マルチリンク/コイル (後) マルチリンク/コイル ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク タイヤ(前/後) 295/30ZR21/305/30ZR21 車両本体価格 2750万円 ■メルセデス・ベンツE350e 駆動方式 フロント縦置きエンジン+モーター後輪駆動 全長×全幅×全高 4960×1880×1485mm ホイールベース 2960mm 車両重量(前軸重量:後軸重量) 2240(1000:1240)kg エンジン形式 水冷直列4気筒ターボ+モーター ボア×ストローク 83×92.3mm 排気量 1997cc 最高出力 204ps/6100rpm+129ps/2100-6800rpm 最大トルク 320Nm/2000-4000rpm+440Nm/0-2100rpm トランスミッション 9段AT サスペンション(前) マルチリンク/エア (後) マルチリンク/エア ブレーキ(前後) 通気冷却式ディスク タイヤ(前/後) 245/40R20/275/35R20 車両本体価格 988万円 (ENGINE2024年12月号)
ENGINE編集部
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