「体が勝手に動いた」ボディで衝撃KO!中谷潤人 ”井上尚弥・拓真兄弟を狙う男”が明かした超進化
ファーストラウンド2分21秒、WBCバンタム級チャンピオン、中谷潤人(26)の左ストレートがビンセント・アストロラビオの腹に突き刺さる。次の刹那、27歳のフィリピン人挑戦者は、苦しそうにキャンバスに膝をつく。一度は起き上がったものの、苦痛に顔を歪めながら、へたり込むように再び腰を落とした。 【画像】えぐい…157秒で世界1位のファイターを沈めた「鬼のボディ」 アストロラビオのダメージを目にしたレフェリーが両腕を交差し、試合終了を宣言。2024年7月20日、中谷は僅か2分37秒で、同タイトル初防衛に成功した。WBCチャンピオンの圧巻のパフォーマンスに、国技館は沸きに沸いた。 それからおよそ5時間後、中谷は会心の初回KO勝利を振り返った。 「絶対に相手の距離にさせないことをテーマとしていました。ファーストラウンドのゴングが鳴る前、ルディから、『アストロラビオをビビらすために、強いパンチをお見舞いしておけ』とアドバイスされたので、牽制の意味を込めて、まずは顔面にストレートを放ったんです」 オープニングベルから10秒後、20秒後、71秒後、74秒後、110秒後、125秒後と、アストロラビオの顔面に向けて繰り出した中谷の左ストレートは効果的だった。挑戦者はフックを武器としていたが、チャンピオンはフットワークとポジショニングで巧みに躱(かわ)す。この日の中谷は、重心をいつもより低くしていた。 「1~2ラウンドの体が温まっていない時に変なパンチをもらうと効いてしまうので、『集中しよう』『仮にパンチを喰っても致命傷にならないように』と、低く構えました。アストロラビオは中に入って来られなかったですね。相手をコントロールできたと思います」 チャンピオンはストレートを出しながら、自分の距離を保つ。右の拳でフェイントをかけながら、重い一発をぶち込むタイミングを計った。それがノックアウトシーンに結び付いた。挑戦者が顔面に飛んでくる中谷のパンチを警戒するなか、ボディで仕留める中谷の試合運びは、まさにアーティストだった。 ボクシングの世界には、「腹はいくらでも鍛えられるので、ボディブローで倒れるのは恥だ」という言葉がある。まして、突き上げるアッパーではなく、ストレートで沈むことは稀だ。WBC王者のストレートは、それほど破壊力があったのか、あるいは挑戦者の調整不足だったのか。 中谷は次のように説いた。 「あれは“力が入っていないパンチ”でした。キャンプでは相手がストレートを打ってきた時に、左ボディフックのカウンターを合わせる練習を繰り返しました。(カウンターは)当たるだろうなとは思っていましたが、ストレートを返すことは想定していなかったんです。ノックアウトとなった一発は、体が勝手に動いた感じですね」 チャンピオンの発言を耳にした折、彼のトレーナーであるルディ・エルナンデスが常々口にする「私のメニューは、全てジュントの潜在能力を最大限に発揮させることを目的としている」という言葉が蘇った。 エルナンデスは、数ミリ単位で足の角度にこだわる。また、サウスポーである中谷に敢えてオーソドックス(右構え)で動くことを課し、1ラウンド5分の特別スパーリング等をこなさせることで“あらゆる局面に対応できる中谷潤人”を築きあげようとしている。―――体が勝手に動いてKOに結び付く―――。まさにエルナンデスの教えが功を奏したのだ。 「フィニッシュとなった左ストレートは、本当に力が入っていなかったので、感触がなかったんですよ。『立ち上がってくるかな』と考えていましたが、効いたみたいですね。僕自身は、もう少し長引くかと感じていたので、呆気なかったです」 中谷はアストロラビオ戦の白星を加えて、自身の戦績を28戦全勝21KOとした。今回の防衛は、米『Ring』誌が選んだ’23年度「KO of The Year」を受賞した一戦を彷彿とさせた。昨年5月、WBOスーパーフライ級タイトルを獲得したファイトで、中谷は左ショートの打ち下ろしをドンピシャなタイミングで決め、戦慄のKO勝ちを飾った。WBCバンタム級タイトル初防衛戦も、そのKO劇に勝るとも劣らない鮮やかさだった。 チャンピオンは応じた。 「今回はリアクションですから、芸術的なノックアウトという意味では’23年5月のほうが上じゃないですか(笑)。ただ、最近は、自分のやろうとしているボクシングが出せるようになってきました」 アストロラビオ戦が決まった頃も、中谷は同じ言葉を発した。スーパーフライ級では減量に苦しんだが、バンタムでの2試合は、中谷自身が大きな手応えを感じている。 「WBOスーパーフライ級の防衛戦は、集中力に欠けていた部分があったかな……。上体も立っていたと反省しました。今回はストレートが多い試合になりましたね。体に染みつくように、ルディがメニューを考えてくれ、自然と動けるような状況を作ってくれている点がありがたいです。最後のパンチもスムーズに出せました。前の試合からそうですが、力みなく自分のボクシングを展開していけるようになってきた感があります。その辺が凄く大きいですね。ここ2試合、いい内容で勝てていると思います」 この日の前座でWBOフライ級チャンピオンとなったアンソニー・オラスクアガは、LAで共に汗を流すジムメイトであり、友人だ。2人そろって笑顔でタラップを降りた。 「スッキリした気持ちでした。ノーダメージで試合を終えられましたし、トニー(オラスクアガの愛称)も世界チャンピオンになれましたし。ルディには『ダメージ、ゼロだから、すぐにでも試合できるな』と言われました(笑)」 御存知のように、現在のボクシング界にはWBA、WBC、IBF、WBOと、4つの主要団体が存在する。同じ階級に4本のベルトがあるということは、それだけ世界チャンピオンの数が多いことを意味する。つまり、世界チャンピオンのなかにも、優劣があるわけだ。だからこそ、名実共に最強の座に就こうと4団体統一のUndisputedを目指す傾向にある。 ’22年12月にバンタム級で4本のベルトを束ねた井上尚弥は、全てを返上し、55.34キログラム以下のスーパーバンタムに転向、同クラスでも4冠王者、Undisputedとして君臨している。 53.52キログラムが上限のバンタム級は、今日、4名全員が日本人で占められる。WBCの中谷の他に、WBAの井上拓真、IBFの西田凌佑、WBOが武居由樹という顔ぶれだ。とはいえ、中谷の実力は他の3名とは比較にならない。「KO of The Year」に選出されたということは、つまり世界中のボクシングファンに認知されていることを示す。 「統一戦などのビッグマッチがやりたいですね。僕は井上拓真選手を評価していますので、是非、実現させたいです。彼も指名挑戦者との試合があるようですが、できる限り早くやれたらと思っています」 WBAバンタム級王者も「兄が返上したバンタム級のベルトを統一したい」と公言しているだけに、中谷を避けるわけにはいかない。 実弟の故ジェナロを世界チャンピオンに育て、15歳の頃から中谷を指導するルディ・エルナンデスはWBCバンタム級タイトル初防衛戦の翌日、次のように語った。 「ジュントもトニーもいい勝ち方をし、素晴らしい夜になった。統一戦ができるなら、ジュントの相手が誰だって喜んでやるよ。私は全ての選手をリスペクトしているし、軽視することはない。ファンはジュントとナオヤ・イノウエのファイトを期待しているよね。ナオヤという選手は日本ボクシング界において史上最高であり、パウンド・フォー・パウンドKINGだ。どう考えても、世界のボクシング界でナンバーワンだよ。心から尊敬する。 もし、我々がナオヤと戦わなければならないとしたら……ベスト・オブ・ベストと対峙することになる。伝説が相手になった場合、失うものはそれほど多くない。我々は結果を出すためのすべてを身に付け、勝ちにいく。勝利のために戦うことは、彼の仕事であると同様、私たちの務めでもある。本当に決まったとしたら、勝つよ」 井上尚弥vs.中谷潤人戦が決まれば東京ドームは超満員となるだろう。既に米国のボクシングジャーナリズムも、数年後の開催に熱い視線を送る。その前に、中谷本人が切望するバンタム級での統一戦が実現することを心から願う。 ―――体が勝手に動いてのKO―――。伸び盛りの中谷は、バンタム級でまた圧巻の勝利を見せるに違いない。
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