もはや〝絵に描いた餅〟ではない日本映画の海外展開 着々と進む国際合作:総まくり2024年
東京国際映画祭で安藤裕康チェアマンにインタビューした時、記憶に残った言葉がある。2024年8月9日に発効した日伊映画共同製作協定を眺める彼の感慨。「協定の前にもさまざまな努力があった」という。それはそうだろう。日本で初めて「文化外交」の概念を持ち出したのは彼であり、外交現場での最後の職責が駐イタリア特命全権大使だった。 【写真】栗原颯人(左)が第79回毎日映画コンクール スポニチ新人グランプリにノミネートされている「HAPPYEND」の一場面
文化史イベントとしての合作協定
映画の共同製作のために国家間で協定まで結ぶ必要があるのかと考える読者がいるかもしれないが、隣の韓国も07年に欧州連合(EU)およびフランス、08年にはニュージーランド、そして14年には中国と共同製作協定を締結している。韓国が映画産業化以降、すなわち近年ようやく業績を積み上げてきたのに対し、日本の場合、始まったばかりのベネチア国際映画祭で田坂具隆監督が「五人の斥候兵」でイタリア民衆文化大臣賞を受賞したのをはじめ、1951年から54年までは黒澤明と溝口健二が交代でほぼ毎年受賞するなど、イタリアと〝映画強国〟同士の交流史もあり、新しいシナジー効果も期待できるはず。 国際共同製作が国レベルで行われると、お互いの人材や技術力、資本力を活用することで作品の質的水準を高め、海外市場進出を促し、究極的には参加する国々の映像産業インフラの発展までももたらす。つまりこれは「文化史的イベント」であり、単に2国だけの「協定」ではなく、国際共同製作に対する業界の認識の地平を広げ、その中に若い映画人の試みを促すアジェンダセッティング(Agenda setting)のきっかけになることもあって、意味深い。
新たなパラダイム作りに挑むK2に期待
こうした開放的なムードとかみ合う民間の動きもある。例えば「我々が何もしないままでいれば、韓国映画の後ろ姿はだんだん遠ざかってしまいます」と国内市場に安住したくない意志をアピールし、筆者に深い印象を残したプロデューサーの紀伊宗之が立ち上げたK2Picturesの野心に満ちた企画、K2P Film Fund 。成功すれば日本映画の新たな生態系づくりの基盤固め、あるいはそれ以上の役割を果たすことが期待されるこのプロジェクトの骨子は、岩井俊二、是枝裕和、白石和彌、西川美和、三池崇史、アニメーションスタジオのMAPPAなど日本を代表するクリエーターを結集させてプロジェクトを生み出し、新たな国内外の投資家の資金を誘致して日本映画産業への参入をサポートする一方、クリエーターには新たな利益還元の方式を進めていくというもの。プロジェクトのコンテンツとしては、映画以外にも既に高い認知度を有するアニメ等のさまざまなジャンルを包括する。 特記すべきことは、「みんなが貧乏人」という業界でよく聞く言葉に象徴される、クリエーターへの利益還元が限定的だった国内市場の体質を新たな投資家、そしてそれらと連動する新たな利益還元のシステムという異次元のアプローチで克服しようとしている点である。すでに昨年の釜山国際映画祭出品作の「リボルバーㆍリリー」、今年の東京国際映画祭オープニング作品の「十一人の賊軍」など、重量感のある2本のブロックバスターの製作に関わった同社には、今までの日本のメジャー映画会社がやってきたこととは少し違うパラダイムを持つ国際共同製作モデルを見せてくれると期待している。