「忘れない…」小学校閉校を前に…心に刻む故郷の眺め 児童と住民が熱気球に乗り“最高の思い出”
曽祖母のもとえさんは戦時中の昭和18年の入学。 児童は1学年で100人ほどいたそうです。
曽祖母・もとえさん(86): 「うんと大勢だったけど楽しかったですよ、2クラスあって満杯だもんね。先生が悲鳴上げているくらい、教えるに大変だって」
祖父・邦敏さんの頃は1学年で50人ほど。 やはり、にぎやかでした。
祖父・邦敏さん(65): 「冬になると、小学校の前にお宮がありまして、その裏に畑でスキーができたんです。授業でスキーやりましたね、冬になると楽しみで」
経済が発展し、交通の便が良くなるにつれ過疎化が進み、さらには少子化もー。 2022年、決まった閉校は地域に大きなショックをもたらしました。 祖父・邦敏さん(65): 「子どものいない、小学校のない地区っていうのは、想像つかないですよね」
曽祖母・もとえさん(86): 「(もうすぐ閉校…)寂しいね。あそこ通っても子どもたち、誰もいなくなっちゃうんだからね。この子たちいれば『おばあちゃん』ってやってるもんね。運動会、音楽会、それもみんななくなっちゃうんだからね」
夜7時すぎ、PTAの集まりを終えた父・大輔さんが迎えに来ました。 「ただいまー」
結愛さんは両親と妹2人と暮らしています。 母・有希子さん: 「最後だからさ、みんなで歌えるの。どんな音楽会にしたいとか話さないの?」 唐木結愛さん(6年): 「寂しくなってきちゃった、そういうこと言うからさ」 母・有希子さん: 「心残りがないように歌ってください」
父・大輔さんも旧信田小の卒業生。 1クラスだけでしたが、およそ20人いました。
就職でいったん離れましたが、結婚を機に信更に戻りました。 当初、「小規模校」はデメリットが多いのではと思っていたそうです。 父・大輔さん(37): 「小規模の学校に通わせるのは消極的なところがあったんですが、(全校)仲良くて、学校楽しそうだなって。上の子は下の子からいい刺激をもらっていて、いい環境だなと思います」