モードスタイル × 岡本かの子、市河晴子の名文で描く「凜として、のびやかに生きる姿勢」
どんな時代にあっても自由闊達に、自分らしく在り続ける─。2024-’25秋冬コレクションを彩る服と書評家・石井千湖の選ぶ女性随筆家の作品が交錯し、人生を拓くしなやかな精神を映し出す モード×女性随筆家の名文で描く「凜として、のびやかに生きる姿勢」(写真)
そういえばわたしとてよくもこの人を庇い通した─ おもえば氷を水に溶く幾年月。 その年月に涙がこぼれる。 ──『岡本かの子全集11』「愛よ愛」より ガブリエル・シャネルが初めてブティックを開いたフランスのドーヴィルへオマージュを捧げたコレクション。映画『男と女』(仏・1966年)の舞台ともなったロマンティックな海辺のストーリーをなぞるように、繊細な刺しゅうを施したトップスと、たおやかなニットドレスが愛の奥行きを密やかに物語る。 トップス¥1,696,200・ドレス¥693,000・帽子¥767,800・ピアス¥135,300・ベルト¥435,600(すべて予定価格)/シャネル シャネル カスタマーケア TEL.0120-525-519 岡本かの子「愛よ愛」 『岡本かの子全集11』(筑摩書房)所収 ヨーロッパを外遊した経験があり、華やかでドラマティックな恋愛小説『ドーヴィル物語』を書いた岡本かの子が、売れっ子漫画家の夫・一平と、のちに日本を代表する芸術家になる息子・太郎に対する想いを綴っている。かの子と一平の結婚生活は、かの子の愛人である大学生を家に同居させるなど、波瀾万丈なことで知られている。しかし、この「愛よ愛」は、過去の荒波を振り返りつつも静謐だ。一平がかの子に庭の初雪を見せるシーンが深く沁み入る。修羅場をくぐりぬけた大人の男女ならではの枯淡の境地。結びの一文も余韻が残る。
「歴史は習うためにあるんじゃなくて、過去の事実の記録だったわ」 ──『欧米の隅々 市河晴子紀行文集』「イギリスとアイルランド」より 記憶を手繰りよせるかのように歴史の断片を時空を超えて再構築し、新しい価値観を体現。カーディガンのくるみボタンはヴィクトリア朝、スカートはメンズのトラウザーから想起。さまざまな要素や時代背景を織り交ぜた「本能的なロマンス」を服で綴る。 カーディガン¥363,000・中に着たショートスリーブニット¥236,500・スカート¥319,000・帽子¥506,000(すべて予定価格)/プラダ プラダ クライアントサービス TEL.0120-45-1913 市河晴子「イギリスとアイルランド」 『欧米の隅々 市河晴子紀行文集』(素粒社)所収 市河晴子は「近代日本資本主義の父」と言われる渋沢栄一の孫娘として生まれた。ウェールズで見た夕日のきらめく薄紫の湖面、ロンドンで見た気持ちのいい遊びぶりの人々など、異国の風景を活写した旅行記は、豊かな教養に裏打ちされているだけではなく、先入観にとらわれない自由さがある。たとえば、湖水地方でローマ時代のモザイクの床を、民家のなかに探しあてるくだり。歴史書の紙の上の押し花のようだった知識が「霧の彼方の白百合のごとく、ぼんやりと遠い実在として、立体的に浮き上あがって来る」という表現が素晴らしい。 BY ASAKO KANNO, , STYLED BY TAMAO IIDA HAIR BY JUN GOTO AT OTA OFFICE, MAKEUP BY KANAKO YOSHIDA MODEL BY MAE AT BRAVO MODELS, SELECTION OF BOOKS & REVIEW BY CHIKO ISHII, SPECIAL THANKS TO FUJIMI PANORAMA RESORT 石井千湖(いしい・ちこ) 書評家、ライター。大学卒業後、8年間の書店勤務を経たのち、書評家、インタビュアーとして活動を始める。新聞、週刊誌、ファッション誌や文芸誌への書評寄稿をはじめ、主にYouTubeで発信するオンラインメディア「ポリタスTV」にて「沈思読考」と題した書評コーナーを担当。著書に『文豪たちの友情』(新潮文庫)、『名著のツボ 賢人たちが推す!最強ブックガイド』(文藝春秋)、『積ん読の本』(主婦と生活社)(10月1日発売予定)。T JAPAN webにて連載中のブックレビュー「本のみずうみ」も好評。