ゴーン氏の勾留長期化──文化的背景から考える日本の司法制度の特殊性
会社法違反(特別背任)などで追起訴された日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告。弁護側はこれまで2回にわたり保釈請求しましたが、いずれも東京地裁は却下しました。証拠隠滅の恐れがあるなどと判断したとみられますが、「人質司法」とも指摘される日本の刑事司法制度を批判する声も強まっています。 キングの逮捕劇──カルロス・ゴーンと田中角栄の文化論 建築家で、文化論に関する多数の著書で知られる名古屋工業大学名誉教授・若山滋氏は、「一国の司法制度は社会に根づいた文化を背景としており、単純な論理で片づけられない」と指摘します。日本の司法制度について、若山氏が独自の「文化力学」的な視点から論じます。
殺人事件が大好き
僕は幸いにもまだ逮捕されたり勾留されたりした経験はなく、せいぜいが交通違反だから、司法とはあまり縁のない平凡な人間だが、日常見ている映画やドラマは人殺しだらけ。 ポアロ、ホームズといった探偵、コロンボ、フォイル、モースといった刑事などは好みの人物。京都や温泉や鉄道を舞台にしたドラマは旅行気分の娯楽だが、松本清張の作品には今なお時代を超えるリアリティがある。加えてキムタクの検事ドラマまで見るので、フィクションの上では警察や検察と実になじみが深い。日本人の多くがそうだろう。平和を愛する反面、殺人事件が大好き。人間とは不思議な存在である。 さて、カルロス・ゴーン日産自動車前会長の逮捕によって、日本の司法にスポットライトが当たっている。 虚偽記載にしろ特別背任にしろ、金額が大きいので、僕のまわりでも、ネットの世界でも、嫉妬が絡んで悪者扱いだが、法的には簡単ではないようだ。時勢に流されない発言で知られる郷原信郎弁護士(元特捜部検事)も、この逮捕や勾留を疑問視している*1。しかも相手は、ブラジル、レバノン、フランスで生きてきた国際経済の海千山千、簡単には音をあげない。徹底抗戦の構えである。 海外でも、ゴーン氏の擁護というより日本の司法に対する批判が強いようだ。弁護士にも家族にも会わせない長期勾留と自白強要に「拷問」とか「中世」とかいう言葉が並ぶ。 果たして日本の司法は特殊なのか。素人ながらこれを機会に、その文化的背景を考えてみたい。