もし10年前にコロナ禍が起きていたら--「Zoomになれなかった」スカイプ
従来のビデオ会議サービスは画質や音質をどれだけあげるか、参加人数をどれだけ増やすか、どれだけ安全に通信できるかという点を競っていました。ところがZoomはまったく別のアプローチで、簡単に参加できることにフォーカスしています。そのため、当初は知らない人が乱入できてしまったり、通信の暗号化に不備があったりという問題もありましたが。 つまり、イノベーションの方向性がまったく異なっていたわけです。みんなが使えるようになるためには何が大事だったのか。それは音質や画質ではなかった。参加のしやすさが重要だったわけです。また、部屋を見せたくないというニーズに応えるバーチャル背景などの機能もポイントですが、このニーズにもZoomはいち早く対応していました。 ――各社がしのぎを削っていた性能ではなく、まったく想像もしていなかったところにニーズがあったわけですね。 そうです。画質や音質を高めるのではなく、もっと別の形で快適さ、便利さを求めるという傾向は今後も続くのではないでしょうか。たとえばビデオ会議中にキーボードの打鍵音や近所の工事現場の雑音が入ってくるのはかなり不快感がありますが、AI(人工知能)によってそうしたノイズを消すような機能は今後増えていくでしょう。新しいスマートフォンやパソコンにはAIを動かすチップが搭載されるようになってきたのも追い風です。 「もしも10年前にコロナ禍があったなら、天下を取っていたのはスカイプだったのでは」 無意味な仮定だとしても、古参のスカイプユーザーとしてはついつい考えてしまう。かつて日本のスカイプブームを築いた岩田さんも「そうかもしれませんね」と笑う。だが、「むしろ先を見るべきだ」とも話す。 「日本にはエンジニアの起業家がいないんですよね。グーグルやフェイスブックなど21世紀になって急成長した大企業は、ほとんどがエンジニア起業家の会社です。振り返ってみると、日本もホンダやソニー、日立製作所などグローバル企業の創業者はエンジニア出身だったのに、今ではエンジニアは雇われる人という立場になっている。日本にも優秀なエンジニアはいるんですが、経営のノウハウがないから起業しづらいし、会社経営に失敗することも多い。私が今、エンジニア起業家を支援する投資ファンドを運営しているのも、エンジニアによる起業が盛んになれば日本からもまたグローバルなサービスが出てくると信じているからです」 コロナという突風を背景に飛躍したのは米国のZoomだった。もし、次に大風が吹く時には日本から成功者を生み出したい。そのために岩田さんは今、自分の経験を若者たちに伝えている。