コーヒーで旅する日本/関西編|グリーンとコーヒーの二刀流で個性を発揮。四季折々に表情を変えるハイブリッドスペース。「GASSE COFFEE & BOTANICS」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】元時計店の跡地を改装したレトロな店構え 関西編の第84回は、兵庫県明石市の「GASSE COFFEE & BOTANICS」。店主の賀さんは、フラワーショップで20年、装飾デザインに携わってきた経験の持ち主。独立後に開いた店は、アトリエでもあり、カフェでもある、ユニークな空間はここならではの魅力だ。賀さんが開店に至った原点は、幼少時から親しんだ喫茶店の記憶。自らコーヒーの焙煎やスイーツの開発も手掛けながら、現在も花に関わる仕事を続けている。一見、雑然としていながら、大らかな雰囲気を醸し出す、ハイブリッドな憩いの場で、賀さんが2つの顔を持ち続ける理由とは。 Profile|賀稔啓(いわい・としひろ) 1976年(昭和51年)、兵庫県三木市生まれ。フラワーショップで約20年、ブライダル・装飾の仕事に携わり、フリーランスとして独立。花の販売・装飾デザインの仕事を続けるかたわら、幼少時から親しみを持っていた喫茶店を開くべく、独学で焙煎を始め、2017年、明石市で「GASSE COFFEE & BOTANICS」をオープン。店内では定期的に花のワークショップも開催している。 ■開店の原点にあった幼少時の喫茶店の記憶 東西に明石市と加古川市、南北に播磨町と稲美町。4市町の境が接する、JR土山駅前のひなびた商店街の端っこに店を構える「GASSE COFFEE & BOTANICS」。年季の入った扉を開けると、入口のすぐ横には生花を販売する棚。細長いフロアを奥へ進むと、大テーブルの上からいくつものドライフラワーが吊り下がり、周囲には花瓶や包装紙、工具類などが取り留めなく散在している。一見、雑然としているが、明け透けでラフな雰囲気がかえって気兼ねなく、不思議な居心地のよさを醸し出している。 「この大テーブルは元々作業台。カフェというより、アトリエのような場所。自分の仕事場でもあり、遊び場みたいな感覚ですね」という、店主の賀さんは、フラワーショップで装飾・デザインの仕事に、20年携わってきた経験の持ち主。独立した今も、フリーランスとして花の仕事を手掛けている。まさに二足の草鞋を履く賀さんが、コーヒー店を始めたのは、幼少期の記憶が原点にあるという。 「子どものころ、家の2軒隣に喫茶店があって、共働きの両親が帰るのを待っていた思い出があって。日常の一部として、喫茶店の雰囲気が幼心に刷り込まれていたから、喫茶店をするというイメージは、当時から何となくあったんです」。長じて、大学時代には喫茶店巡りもしていたそうで、花の仕事に就いている時も、生涯続けられる仕事として喫茶店のことは心の片隅にあったという。40代になって、独立を考えたときが、幼少時から抱いてきたイメージを形にする契機になった。 ■大らかな店のあり方を示すブレンドの味作り 独立後、花の仕事はオーダーで受ける形にして、ショップでは違うことをしようと考えた賀さん。そのときに、真っ先に浮かんだのが喫茶店だった。「ちょうどスペシャルティコーヒーが注目され始めた時期と重なっていて、世の中のコーヒーに対する嗜好が変わったのを感じました。だから店をやるなら、豆を仕入れるより自分で焙煎した方が楽しそうだと思って、自家焙煎を始めたんです」 ただ、コーヒーは好きだったとはいえ、焙煎の経験はゼロ。焙煎機メーカーのセミナーなどにも通ったが、得た結論は、「最終的にみんなが違うことをしているのを見て、とりあえず自分で始めてみよう」というもの。同業者との情報交換を重ねながら、自分の手を動かすことで焙煎の感覚を身に着けていった。「最初の1、2年は、“味はおいしいけど、本当にこれでやり方は合っている?”と、自問自答していました(笑)。豆によっては正解がわからないこともあって、開店したあとも豆の品質や加工プロセスが急速に変化していって、なかなか追いつけなかったですね」と振り返る。 そうしてレパートリーを徐々に増やし、現在はブレンド2種、シングルオリジン7種まで幅を広げてきた。ただ、「何がメインというのはなくて。基本はウォッシュドの中煎りがずっと飲み飽きないと思っていますが、たとえば、夏は浅煎り、冬は深めの焙煎度が多くなるといった具合で替わります」。シングルオリジンの中には、賀さん好みの中南米産や、最近、注目している東南アジアやミャンマーなど、時々に興味を持った銘柄も登場する。一方でブレンドは定番ではあるが、配合は季節ごとに変えているそうだ。「名前は同じですが、味のストライクゾーンだけ決めて、毎回違う豆を使っています。同じことをするのは性に合わなくて。逆に、同じブレンドが時季によってちょっとずつ変わるから、お客さんも飽きがこないと思います(笑)。難しく考えなくても、美味しいと感じてもらえれば、それでいいのではと。味の感じ方は好みと体調次第で変わりますから」と、味作りのルールは至って大らかだ。 ■気取らぬ雰囲気は、2つの顔を持つからこそ 開店後、3年ほどは花の仕事が忙しく、店を開ける日があまりなかったというが、コロナ禍を経てカフェの充実に注力。コーヒーの品ぞろえはもちろん、スイーツの開発も少しずつ進め、今年から自家製の生菓子もメニューに加わった。その間、界隈にあった喫茶店が店を閉じてしまい、「一時はここだけになって、いろんな店の常連さんが混じり合ったこともあります。最近は周りに住宅が増えてきて、子育て世帯が多くなって、公園でママ友のお客さんに教わって来られる方も多いですね」 いまや界隈の憩いの場として定着した感はあるが、それでも賀さんにとっては、花とコーヒーの二刀流のスタイルが合っているという。「一つに集中するのが苦手で、日によって違うことをした方が楽しい」と、春夏はカフェを中心に、秋は自ら栽培する花の出荷、冬はクリスマスや正月飾りのワークショップと、季節ごとにサイクルが変わるのが、飽きずに続けられる秘訣だとか。「だから、コーヒーは好きだけど、ずっと向き合うのは性格的に無理で。それに、コーヒーだけだと突き詰め過ぎてしまうから、違うことをしながらやるくらいがちょうどいいんです(笑)。マニア的になるのは得意ではないし、変に構えず、スペシャルでなくても普段使いで楽しんでもらえればと思っています」 それゆえ、特定のコーヒーを推すことはなく、あくまでお客それぞれが求めるものありきという。この店の居心地のよさは、賀さんの気取らぬスタンスにも由来しているようだ。もとより、ここを訪れるお客は、豆を買う人、カフェ使いの人、花を買いに来る人と、使い方は十人十色。「それに対して、僕がやれることを全部やる感じ。そこに常にコーヒーもあるという感覚ですね」と賀さん。時に、花の仕事で席がふさがることもあれば、逆に花がおかれたままでも気にせず席に着くお客もいる。当初から2つの顔を持つ店として始め、今ではそれをわかって訪れるお客が増えたことで、むしろ助けられることも多分にあるという。 「今でも、何屋かわからないまま入ってくるお客さんもいます」と茶化すが、賀さんの醸し出す融通無碍な雰囲気こそ、この店ならではの魅力。長年続いた喫茶店のような、絶妙な“抜け感”が、界隈に親しまれる所以の一つだ。 ■賀さんレコメンドのコーヒーショップは「REGREEN COFFEE」」 次回、紹介するのは、姫路市の「REGREEN COFFEE」。 「姫路西部のエリアで数少ない、マイクロロースターの一つ。店主の大樫さんとは、イベントで一緒になることも多く、コーヒーにも、お客さんにも誠実な姿勢で地元の支持を得ています。押し付けがましい感じやマニアックなところは一切なし。オープンで風通しのよい雰囲気は、見ていて気持ちがいいくらい。近所にあったらうれしいと思えるお店です」(賀さん) 【GASSE COFFEE & BOTANICSのコーヒーデータ】 ●焙煎機/フジローヤル1キロ(直火式) ●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(シモネリ) ●焙煎度合い/浅煎り~深煎り ●テイクアウト/あり(500円~) ●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン7~8種、150グラム1000円~ 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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