「男のほうが頭がいい」「天才は男性に多い」という考えが端的に「間違っている理由」
メタ分析と系統的レビュー
知能に性差がないという結論を示しましたが、それにかかわる2つ目の注意点は、平均的な傾向を示す研究が1つあっても十分とはいえないという点です。このことは、有名な脳梁の研究にも当てはまります。今から40年ほど前に、女性と男性の脳の構造に違いがあるという研究が、世界的に権威のある科学誌「サイエンス」誌に報告されました(※2)。私たちの脳には左脳と右脳があり、左右をつなぐ脳梁という構造があります。脳梁は左脳と右脳の間の情報伝達をする部位で、女性のほうが太いという研究成果が報告されました。 例のごとく、男性の頭が良いと信じる人の中には、同じ問題を解決するにも、女性は左右両方の脳を使わないと解けないのではないか、などという議論をしたりする人もいたのですが、この研究には大きな問題点がありました。まず、調査対象が男性9人、女性5人という非常に少ない人数だったこと、そして、後続の研究者が同じような研究をしても、同じような結果が出ていないということです。 性差に関する研究では、このような例は少なくありません。ある研究が、何らかの能力や行動、脳の構造や働きに性差があると報告しても、後続の研究や大規模なデータを使った研究では同じ結果にならないのです。 難しいのは、前出の脳梁の研究でもそうなのですが、「性差がある!」という研究のインパクトが大きすぎることです。よって、後続の研究でこの成果が否定されても、非専門家の方にはその内容は届きにくくなってしまいます。「女性脳」「男性脳」などという似非科学者は、後続の研究を知らないのか、知っていても不誠実に取り上げないのかわかりませんが、いずれにしても、インパクトがある最初の研究のみを取り上げ、そのあとは個人的な事例などで自分の主張を補強するという手法を取っています。 ですので、個別の研究で性差があるという結果があったところで、私たちは慎重にならなければなりません。様々な研究結果を統合して全体的な傾向を分析する「メタ分析」や、様々な研究を俯瞰的に紹介する「系統的レビュー」などの研究を重視する必要があるのです。本書では、子どもの性差に関する膨大な研究結果を、包括的に分析したメタ分析や系統的レビューを概観することで、この問題についてできるだけ偏りのない科学的見地を提示したいと考えます。 本書で取り上げるもの以外にも、性差があるという研究は、調べれば山ほど出てきます。ですが、同じテーマで性差がないという研究も、同じくらい出てくるのです。個別の研究で主張している内容が、俯瞰的に見た場合に必ずしも正しいわけではないということは、ぜひ知っておいてほしいと思います。ちなみに、本章で書かれている内容もあくまで現時点のものであり、後続の研究で結論が変わりうることを申し添えておきます。 参考文献 ※1 Colom, R., Juan-Espinosa, M., Abad, F., & Garcıa, L. F. (2000). Negligible sex differences in general intelligence. Intelligence, 28 (1 ), 57-68. ※2 de Lacoste-Utamsing, C., & Holloway, R. L. (1982). Sexual dimorphism in the human corpus callosum. Science, 216 (4553), 1431-1432. 次回記事<「女脳」「男脳」はなぜ間違っているのか…女性と男性の「性差」についての意外な事実>へ続く。
森口 佑介(京都大学准教授)