コロナ禍で悩んだ花の仕事 リケジョが農学部で学んだ命と自然
「自分なりの倫理観を持つ」大切さ
「実学主義」の理念通り、東京農大では1年次から農業実習がありました。気象要因と作物生産の関係などを学ぶ作物生産学といった農学部農学科の講義以外にも、醸造科学科や森林総合科学科、グローバルな視点で環境保全について学べる国際農業開発学科などの、興味がある講義を積極的に受講しました。 「印象に残っているのは2年の終わりの選抜講義です。農学科のバイオテクノロジーの講義に落ちてしまい、なぜか畜産学科(現、動物科学科)のバイオテクノロジーの講義に受かりました。別の学科から受講しているのは50人中2、3人だったと思いますが、その講義で初めて動物実験を経験しました。マウスから卵子を取り出し、遺伝子操作をして凍結保存や体外受精を行いました。その講義の中で教授から、『これから先も受け売りではなく、自分なりの倫理観を持って行動しなさい』と言われました。動物の生死に関わるからこそ、道を踏み外さないようにということだったのだと思います。大豆の遺伝子組み換えや花の色を変えるなどバイオテクノロジーについては学んでいましたが、農学科では聞くことがなかった言葉だったので、深く心に残りました」
農家との触れ合いで定まった就職先
臼井さんは現在、営業を担当する部署の部長を務めています。第一園芸は、美しい花々を売る花屋だけでなく、花文化を広めるための活動や、花と緑に関する幅広い事業に取り組んでいます。所属するOASEEDS事業本部は、植物を使って装飾緑化や環境緑化を行う部門です。オフィス内などに植物を置くことでコミュニケーションが活発になる空間をつくったり、桜や七夕、クリスマスなど季節ごとのイベントで、商業施設に装飾展示をして人が集まる仕掛けをつくったり、花と緑を中心に空間を演出する仕事です。 農学科の卒業生の就職先は、実家の農家を継ぐ人、国家公務員、研究職、JA職員などさまざまです。臼井さんは「農家や生産者の方の支援につながっていると実感できる仕事がしたい」と思い、種苗事業を行っている会社にターゲットを絞り、当時、種苗部門があった第一園芸に就職しました。 「就職志望先が定まっていった背景には、日本全国10カ所ほどの農家に数週間寝泊まりしながらお手伝いした経験があると思います。畑作業だけでなく、酪農やしいたけ栽培なども体験しました。休みがない酪農家の暮らし、自動販売機ですぐ手に入る清涼飲料水よりなぜ牛乳は安いのかなど、大学の座学では聞けない話を農家さんから直接聞き、日本の農業の課題について考えました。そのなかで自然と、農作物や植物といった自然相手の仕事をしたい、農業を支える仕事をしたいと考えるようになりました」 今の仕事は、「植物で人々の生活の場、空間を豊かにして喜んでもらえる仕事としてやりがいを感じています」と話します。 「コロナ禍で不要不急の外出や移動が制限されたとき、イベントが中止になったりオフィスに出社する人がいなくなった期間がありましたよね。人が集まるオフィスや商業施設といった空間を植物を使って演出するという私の仕事は、生死にかかわるような危機的状況にあるときは、必要ないよと言われているようでつらく感じた時期がありました。それでも、コロナ禍が明けた春のイベントで花々を見て『きれいだね』と喜ぶ人々の姿を見たり、『オフィスに緑があると心にゆとりが生まれるね』と言ってもらえたり。私自身も、厳しい寒さに凍えながら街を歩いている中で木々のイルミネーションの明かりを見てきれいだなと思ったとき、あらためてこの仕事が好きだなと実感できました。 生き物相手の仕事なので、花が咲いた状態での納品を想定していても、気温が下がって花が咲かなかったりして、商品の納品が大変です。お盆休みやお正月の空調が切れたオフィスで植物が枯れてしまうこともあり、設計や管理の難しさがあります。お客様に事前に説明することで理解してもらうのも私の大事な仕事で、ここにもやりがいがあります」