「広告写真は人の生活や意識を変える可能性がある」 NYで突き飛ばされ命を落とした写真家「橋村奉臣さん」 独学で編み出した“一瞬の美を取り出す”撮影技法
写真家の橋村奉臣(やすおみ)さんの名前は、なじみが薄いかもしれない。だが、アメリカの広告業界では知らぬ者がいない著名な存在だ。 【写真をみる】「一瞬の美しさ」写真で表現 橋村奉臣さんのエネルギッシュな作品の数々
ボトルから栓がはじけ飛び勢いよく噴き上がるシャンパンの写真は、発表から約40年を経た今も名高い。気泡やしぶきが生き物のように躍動し、華麗さとエネルギーを感じると絶賛された。 橋村さんは目の前で起きていながら肉眼では捉え切れない瞬間を、10万分の1秒の超高速ストロボでつかみ取った。金魚すくいの網が破れて金魚がするりと逃げ出す場面やグラスが砕け散る様子も写真で表現。一瞬の美を取り出したと驚嘆され、この技法で広告写真界の寵児となる。
写真は独学
1945年、大阪府茨木市生まれ。写真は独学だ。欧米の模倣ではなく自分を鍛えたいとアメリカ行きを決断。68年、カメラと日本円にして約20万円を持ちハワイへ。永住権を得るため猛烈に働き、3年余りを過ごす。ようやく目的の地ニューヨークに着くが知人などいない。雑誌で見た写真家の名前を電話帳で調べ、飛び込みで仕事を得た。74年に自身のスタジオを開設。 広告写真は単に商品の紹介ではなく人の生活や意識を変える可能性があると関心を持つ。超高速ストロボを用いて一瞬を捉える技法を編み出し、仕事は激増した。 親交のあった写真評論家の飯沢耕太郎さんは言う。 「アメリカで、それも広告写真で大成功し、長きにわたって第一線にいた稀有(けう)な存在です。広告には技術、芸術性に加え、クライアントの意向をくむ力、スタッフ全体を見渡し人を動かす力も要ります。意欲と繊細な神経を合わせ持ち、飾らず素朴でもありました」
「心が動かされる写真でなければ」
作品が良ければ受け入れる懐の深さがアメリカにはあると語り、熾烈(しれつ)な競争や苦労を厭わない。コカ・コーラをはじめ世界の有名企業500社以上に作品を提供、商品に命が宿っているようだと幅広く支持を集めた。 アメリカの原点は何だろうとネイティブ・アメリカンの写真を約5年かけて撮影もした。 「相手との間に築かれた信頼関係が伝わってくる写真でした。スナップショットの良さからも、広告同様に瞬間を切り取る力、核心をつかんでいる様子が分かりました」(飯沢さん) アメリカにかぶれなかった。妻は日本人で1男1女を授かる。2006年の東京都写真美術館、09年の国立西洋美術館での展覧会で橋村作品に初めて触れた人も多い。後進への指導では、技術があっても、その写真を見て心が動かされるものでなければ、と唱えた。 高評価の作風に安住せず、写真と絵画的な手法を融合する試みに関心を移す。さまざまな分野の専門家が講座を開く「エンジン01文化戦略会議」に講師として、今年1月に千葉県市原市を訪れるなど活動は旺盛だった。