「ラジオを半値にせい」 松下幸之助が、工場長に無理な要求を通した真意
1つのことにとらわれない
このエピソードで注目すべき点は、「できるはずがない」と思い込んでいたことも、「できるはずだ」という信念を持って開発に注力すれば、実現することもあるということだ。同様のケースは、他にもある。 1960年代初頭、シガレットケース型のラジオが売れず、幸之助は現場の工場長に「半値にせい」と命じた。工場幹部らははじめ、その高すぎる要求を冗談だと受けとめてしばらく放っておいたそうだが、幸之助の指示が本気であることがわかり、根本から設計を見直す。その結果、劇的にコストを減らし、1963年にほぼ半値で発売。100万台の大ヒット商品となった。 1961年、トヨタ自動車が貿易自由化を見据えてコストダウンを進める一環として、カーラジオを納入していた松下通信工業に対して、20%の価格引き下げを求めたことがある。 松下側としては、そもそも利益率が3%にすぎない取引なので、受け入れがたい要求だったが、幸之助は「日本の自動車産業の将来を考えて」価格引き下げを指示。シガレットケース型ラジオ同様、設計の抜本的見直しにより、性能を落とさずに大幅なコスト削減に成功した。 先述の講話会で、幸之助は技術者に向かって、凝り固まった知識にとらわれてはならないことを強調している。 「技術者は、それが仕事だからどうしても1つのものに集中する。しかし、それにとらわれてしまってはいけない。集中するけれども、同時に頭を海綿のごとくしてやっていく。なんぼでも海綿のごとく吸収していく頭にならなければ、頑固オヤジになってしまう。ぼくは技術者の人に会ってみると、持てる知識、持てる才能、そういうものに凝り固まっていて、なかなか言っても入らない、これは困ったな、という人がときどきあります。いかなることにもとらわれてはいけないのです」 幸之助は1つのことにとらわれないためにも、日頃から衆知を集めることの重要性を説いた。多様な見方を吸収することで、斬新なアイデアが浮かんでくるのだ。