「現代の若者に知ってほしい」〝偉人〟ではない南方熊楠の好奇心
シンデレラ物語の出所は中国にあると発見
熊楠は東大予備門を中退し、19歳で渡米。サンフランシスコからミシガン州へと移る。 そして21歳の時、9世紀の唐の『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』という本にシンデレラ物語の原形を発見した。昔話を収めた部署の「葉限(しょうげん)」という話である。 葉限は継母とその娘にいじめられた。金の沓を落とすと、隣の島の王がそれを入手し、沓に合う女性を探した。そして葉限を見つけ出して求婚、彼女を妻とした……。 日本に帰国して44歳でこの論文を英語で投稿した熊楠は、シンデレラの話の元が中国にあることを世界で最初に発表した(本来南方の話とされ、現在は東南アジア起源が定説)。19世紀のグリム童話の前に原形があったのだ。 熊楠は、26歳だった1893年にイギリスの雑誌『ネイチャー』に「東洋の星座」を掲載して論壇デビューを果たすが、それは「葉限」のように、幼少期や旅の途中で得た東アジアの知見を掘り起こし、英語で論文化して西欧文明の人々に説明する、という形を常に取った。 「ワニを絡めた龍の話もそうですね、19歳、49歳、57歳と何度も書いていますね?」(足立) 「好奇心を手放さず学問に生かし続けました。一つのテーマを長期にわたって継続し、発展、追求するんです。おそらく、自然環境と人間社会の絡み合い、そこを解きほぐしたいという類いまれな情熱のせいでしょう」(松居) 「その勉学の方法ですが、ミシガン州で農学校を退学した21歳以降はずっと独学ですよね。古今の書籍とフィールド観察・採集のみです。アカデミズムから自ら離れた?」 「いや、読んでいた内外の本は世界トップレベルです。ですから今の大学院生のスタイルというか、自主的、主体的に勉学する方法。それが熊楠さんに合っていたわけです」
粘菌に対する愛着
24歳の時には、熱帯の豊かな動植物を観察するためにフロリダ州に滞在した。そしてそこで奇妙な生物、粘菌に出会った。 「熊楠は粘菌を“けしからん奴”と呼んでいますね。幼生は水中で虫のように動き、やがて集まりアメーバ状に活動。それからそれぞれ勝手な形に固まる。動物のような、植物のような、摩訶不思議な生命体だ、と?」(足立) 「愛着を持っていたんですね。粘菌のことは楽しそうに書いたり話したりしています。それと、熊楠さんは真言僧と死生観についてやり取りをし、仏教に関心があったので、人間の生と死を考える鍵になるものが粘菌にある、と考えていたと思いますね」(松居)