地球は環境の激変がいつでも起こりうる…この地球に生を受けた生物は、「変わらざるをえない」宿命を負っている、じつに深いわけ
「変わらざるをえない」DNA
しかし現実には、生物にとってのウイルスは、時に“邪魔者”となる。ある生物Aとうまい関係を築いてきたウイルスAが、たまたま別の生物Bに感染してしまったとする。すると、生物BからすればウイルスAは邪魔者以外の何物でもないから、これを「生体防御」という生物特有のしくみを駆使して排除しようとする。 そして、おそらくウイルスAは生物Bから排除される。 DNAがもし「まったく変化しない」のであれば、それで生物BとウイルスAの関係はおしまいである。ウイルスAは生物Bに入り込めるのに、そこで増殖することはできず、排除されて終了となる。 ところが、往々にしてウイルスAは、やがてふたたび生物Bに感染し、そこで増殖することができるようになる。なぜなら、彼らは「変わる」からである(図「DNAが変わらない場合と変わる場合のウイルスと生物の関係」)。 前回の記事で見たように、すべての生物が共通祖先をもつのであれば、そして、その遺伝情報そのものである「DNAの塩基配列」がまったく変化しないのであれば、そもそも生物AとかBとかCとかDとか、そんな違いが生じることはなかった。 地球という惑星は、それそのものが生きているとさえいえる。 マグマの活動は活発で、ところどころで火山の噴火が起こる。地震も起こる。一年を通じて、気象はさまざまに変化する。気温も変化する。湿度も変わる。宇宙からは隕石もときどき降ってくる。 そのような、環境の激変がいつでも起こりうる惑星に生を受けた生物は、「変わらざるをえない」状況に置かれている。DNAの塩基配列が「徐々に変化する」ようにできているその意味は、まさにそこにこそ存在する。
ウイルスのDNAの変化と、宿主生物の生存・死滅
一方で、DNA(の塩基配列)が「変わらざるをえない」状況に置かれつつも、それはあくまでもその種が生存しつづけることができる範囲内であり、個体を死滅させてしまうほどの大きな変化まで許容されてはいないことは、大いに注目に値する。 「DNAの致死的な変化」は、個体数と生殖機会を減少させることによる「種の衰退と絶滅」を意味するからである。 致死的でなく、生殖機会も減少させないようなDNAの変化ーー特に遺伝子の塩基配列の変化は、遺伝子を遺伝子のまま機能させるが、少しずつその機能を変化させる変化であったり、もとからあった複数の遺伝子を融合させて一つの遺伝子に変える変化であったり、あるいは、外部から新しい遺伝子を導入して、その遺伝子を有効活用させる方向へ舵を切る変化であったりする。 だから先のウイルスも、生物Bに感染できるようになるわけだ。 これは遺伝子、すなわち「コード領域」の話であるが、ヒトゲノムのほとんどを占める「非コード領域」についても同様に突然変異は生じる。 いやむしろ、非コード領域の変化は致死的な変化につながりにくいぶん、コード領域よりも突然変異を起こしやすく、より進化速度は速いかもしれない。そうなると、「非コード領域の役割の進化」もまた、塩基配列の変化の帰結と見なすことができる。 * * * * * 次回は、病気、とくに「がん」を中心に、DNAとの関係についての解説をお届けします。 DNAとはなんだろう 「ほぼ正確」に遺伝情報をコピーする巧妙なからくり 果たしてほんとうに〈生物の設計図〉か? DNAの見方が変わる、極上の生命科学ミステリー! 世代をつなぐための最重要物質でありながら、細胞の内外でダイナミックなふるまいを見せるDNA。果たして、生命にとってDNAとはなんなのか?
武村 政春(東京理科大学教授・巨大ウイルス学・分子生物学)