登山道の案内板に従ったのに遭難する事例が!辛酸なめ子さんも「命の危険」を感じた思わぬ落とし穴
登山ブームにともない、遭難数が増加傾向にあります。警察や消防による捜索が打ち切られた後に、家族から依頼を受けて遭難者捜索へ向かう――そんな民間捜索団体のひとつがLiSS(リス)(Mountain Life Search and Support)です。 代表の中村(なかむら)富士美(ふじみ)さんは看護師として患者に寄り添ってきた経験を活かし、「この登山者だったら、どのルートを進んでしまうか」と探偵のように考え、登山者のご遺体発見していきます。 その中村さんが捜索隊の活動を詳らかにした一冊が『「おかえり」と言える、その日まで』(新潮社)です。山岳地帯や里山における行方不明者の捜索の現場では何が起こっているのでしょうか? 発売から1年――「まるで推理小説のようだ」と話題になり、ロングセラーとなった本作の読みどころを、コラムニストで漫画家の辛酸なめ子さんが紹介します。 (本文・辛酸なめ子) ***
全員、助からなかったケース
傷ついた人々が回復する手助けをしたい、そんな崇高な使命感を持って、小学校4年の時に医療の世界を目指した著者の中村富士美さん。まず、小学生の時から人を助けたいと思っているというのに驚かされました。女子小学生の将来の夢といえば、アイドル、お花屋さん、ケーキ屋さんといったところが定番ですが……。 病院内での医療の仕事に従事していた中村さんが、救急対応について講習会に参加したことがきっかけで、山岳救助に携わる「山の師匠」と出会います。その後、実技試験を経て、国際山岳看護師の資格を取得。2018年に民間の山岳遭難捜索チームLiSSを立ち上げるという、山に導かれているような経歴。名前に「富士」という文字が入っているのは、山と深い縁がある運命を表しているかのようです。 こうして中村さんが山岳遭難捜索の仕事を行なう中で、遭難した人を発見するまでの体験談を綴ったのが『「おかえり」と言える、その日まで』です。この本の中で紹介されているのは、全員、助からなかったケースというのが切なく、大自然の怖さを痛感させられます。 捜索依頼を受けたら、家族と会って遭難者のプロファイリングを行なうという中村さん。看護学生だった時に患者さんのプロファイリングをした経験が役立ちました。名前、年齢、山登り歴といった基礎項目から、性格や職業、趣味、出発前の会話などを丹念に聞いていくそうです。普段プロファイリングする側の中村さんをプロファイリングしてみると、文章にはまじめで誠実で丁寧な人柄が表れているようです。 例えば、以下のような登山道の状況描写など……。 「最初は水の流れる沢を数十メートル下に見ながら歩くが、登るにつれ次第に沢と登山道が合流して、やがて沢そのものが登山道になる」 と、こんな風に周りの景色や山道など、全てを観察しながらわかりやすく丁寧に書いていて、読むと一緒に登山しているような気持ちになります。万一遭難したら、こんな信頼できる方に見つけてほしい、そう思えてきます。