自炊したいけど面倒…そんな人こそ進んで自炊したくなる喜びと心地良さの料理本(レビュー)
一枚のパンを焼いてトーストをつくる――。著者はこのささやかな「自炊」に向かうとき、「いいにおいのする熱々の湯気を、パンに充満させること」をイメージするという。料理を自分で作るとき、素材にどう働きかけ、何を引き出そうとするのか。その目的をはっきりと意識することが、「自炊者」になるための最初の一歩となる、というわけだ。 本書は大学教授で映画批評や表象文化論を専門とする著者が、心地よい自炊をするためのポイントとなる考え方を、週に一度の講義のように伝える魅力的な一冊だ。 その中で最も重要な要素として挙げられているのが「風味」である。トーストであれば、香ばしく焼きあがったパンを齧った瞬間、口の中に広がる匂いが鼻に抜け、舌で感じる味わいと渾然一体となっていく感覚。その感覚の本質が次第に理解されていくと、確かに料理をしたくなってくる。
本書には自炊者になるためのレッスンとして、各週に料理のレシピが記されている。どのレシピにも惹かれるが、読んでいて何より魅力に感じたのは、この「風味」を軸に語られる思索の奥深さだった。 著者は道具選びから始まり、焼く、煮る、蒸す、揚げるといった具体的な料理法、さらにはキッチンの片づけに至るまで、料理の時間の流れを表情豊かに解きほぐす。社会学、科学、哲学や小説など、ときに先人の言葉によって広げられるその思索が、「風味」の通り道を可視化していく。ある料理の風味を感じるとき、そこに紐づけられる記憶や風景、文化を味わい尽くすこと。自炊をめぐる個々の要素が掘り下げられ、そこにある本来的な喜びが開かれていく様子が心地よいのだ。 自炊をめぐる面倒さを取り除き、一連の自炊のシステムを自分の中に宿すには何が必要なのか。その答えを探る過程は、「考えること」そのものの醍醐味をも教えてくれる。 [レビュアー]稲泉連(ノンフィクションライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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