中嶋一貴TGR-E副会長が総括する宮田莉朋のFIA F2前半戦、そして2025年に向けて「いろいろ動きがあると思います」
F1のシーズン後半の最初の戦いとなるサマーブレイク明けのF1第15戦オランダGP、その現地を訪問していたTOYOTA GAZOO Racing(TGR)の若手ドライバー育成担当でもある中嶋一貴TGR-E副会長に来季、2025年のTGRの活動の方向性とFIA F2初年度の宮田莉朋のこれまでのパフォーマンスについて聞いた。 【写真】グランドマーシャルを務める中嶋一貴とスピリット・オブ・ル・マンのデボラ・メイヤー/2024年WEC第4戦ル・マン24時間 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ――昨年の秋、トヨタは育成ドライバーである平川亮選手(WEC兼マクラーレンF1リザーブドライバー)、そして宮田莉朋選手(FIA F2、ELMS /ヨーロピアン・ル・マン・シリーズ、WECテスト・リザーブドライバー)の新しいチャレンジを支援していく発表を行ないました。あれからもうすぐ1年が経とうとしています。2025年に向けて何か新しい発表や変更はありますか。 中嶋一貴(以下、中嶋):モリゾウさん(豊田章男会長)が常におっしゃっているように、『ドライバーが世界のトップを目指せる環境を作る』という方針に変わりはありません。その方針に基づいて、ベストな状況を作り出していくというのが、私たちがやるべきことです。その中で、いろいろ動きがあると思います。具体的に答えられることはまだありませんが、さまざまなチームと話し合っていることは確かです。それは今、ヨーロッパで走っているドライバーだけでなく、日本にいるドライバーや、これからレースを目指す若者たちに夢を与えることにもなります。今年から始まったFIA F2へのチャレンジは莉朋だけで終わってはいけないと思っています。莉朋に続く存在が現れ、彼らがその後に続いて道ができることが大切だと考えています。 ――宮田選手は今季ロダン・モータースポーツでFIA F2を戦っていますが、来年に向けて、どのように考えていますか。 中嶋:まだ詳細は決まってはいないです。2025年に向けては(ロダンに限らず)広い意味でいろいろな話がありますので、その中で莉朋にとって最善の選択をわれわれは取らなければならないと思っています。もちろん、選択する上で勝てるチームかどうかは重要ですが、莉朋が一番成長できる道を作っていかなければならないと思っているので、その辺が判断材料になるだろうと思います。 ――今シーズンの宮田選手はFIA F2で1年目というだけでなく、ヨーロッパのレースで1年目という壁が予想以上に大きかったように思いますが、どのように見ていましたか。 中嶋:われわれもヨーロッパでの1年目の大変さは本人と同じくらい理解しているつもりです。その中で、バルセロナのようにテストをしたことのあるコースでは実力で表彰台に上がることができるパフォーマンスを見せていたので、そこはしっかりと評価しています。今年は45分間しかないフリー走行、しかも(タイヤの本数や走行時間の関係上)ニュータイヤでアタックできるのが週末を通して実質2、3回という部分に苦しみ、日曜日のフィーチャーレースに入ってからようやく莉朋本来の走りができるというレースが少なくなかった。来年はフリー走行の時点で今季のフィーチャーレースでの走りができるようになってほしいと思います。 ――今年の経験を生かして、2025年にFIA F2でどんな走りをするのかも楽しみですね。 中嶋:ただ、忘れてはならないのは、ライバルたちも経験は日々、積んているということ。その差が完全になくなることはないと私は思っています。むしろ、莉朋にはその壁を乗り越えられるよう、強い気持ちで頑張ってもらいたい。われわれが莉朋に期待するのは、今年得た経験を来年きちんと活かすこと。今年は1年目というハンデを背負いながらも、昨年日本でチャンピオンになっただけあって、きちんと組み立ててレースができています。それが莉朋の強さでもあります。ヨーロッパでも戦っていけるポテンシャルはあると信じているので、そのポテンシャルを発揮できるようにサポートしていきたいです。 ⚫︎Profile 中嶋一貴(なかじまかずき)1985年生まれ、愛知県出身。 日本人初のF1レギュラードライバーの父、中嶋悟の長男として幼少期よりカートで実績を重ね、2002年にフォーミュラトヨタ・レーシングスクールに入校してスカラシップを獲得。その後、全日本F3、スーパーGT300クラス、スーパー耐久を経て2006年に渡欧。F3ユーロシリーズ、現在のFIA F2の前身であるGP2に参戦し、2007年ウイリアムズよりF1デビュー。2009年シーズンまで5度の入賞を果たした。2011年に帰国してフォーミュラ・ニッポン(2度のチャンピオン獲得)、スーパーGT、そしてWEC(2018-2019チャンピオン獲得、ル・マン24時間3連覇)に参戦。2021年限りで現役を引退し、2022年からはTGR-Eの副会長に就任し、若手ドライバーの育成やTGRの運営を担当している。 [オートスポーツweb 2024年09月05日]