「ノーベル賞」のその後(1)当たり前になった感染症治療とマラリアとの終わらない闘い
19世紀に微生物の存在が明らかになるまでは、マラリアをはじめとした病気の流行は「悪い空気」によって起こると考えられていました。そのため、例えば古代ローマ帝国では、感染症の拡大防止策として湿った低地から高台に逃れることがあったそうです。当時は蚊が媒介することは知られていませんでしたが、池や湿地などの蚊の繁殖地を避けるという意味では意外に適切な対策ではありました。 時代や地域によってさまざまですが、マラリアの治療法として、瀉血(しゃけつ=ヒルに血を吸わせたり、静脈を傷つけたりすることで四肢によどんで病気を引き起こすとされた“汚れた”血液を取り除く)、大量のニンニク摂取、ヨモギ属の植物の汁による薬草療法、キナノキ抽出物の摂取などが行われていました。現代医療から見て、効果の期待できるもの・できないものの両方があり、医療の進化のありがたみを感じます。
マラリア対策につながったノーベル賞研究
人類は長きにわたりマラリアのことが分からないまま、ほぼ丸腰で戦ってきましたが、さまざまな研究の積み重ねでマラリアの正体や仕組み、対策について知見を手に入れてきました。その中のいくつかの研究は、ノーベル賞の受賞につながっています。主な受賞者と研究内容を紹介します。
◎シャルル・ラヴラン(フランス、1907年受賞) マラリア患者の内臓や血液をつぶさに調べることで、マラリア原虫が赤血球内で成長することを発見。 ◎ロナルド・ロス(イギリス、1902年受賞) マラリア原虫が蚊の体内で生きていることを発見し、蚊によって運ばれることを鳥への感染実験によって証明。
受賞自体はロスの方が先ですが、研究そのものはラヴランの方が先行していました。マラリア感染に蚊が媒介することがはっきりしたことで、蚊への対策がマラリア対策に直接つながることが明らかになりました。
◎パウル・ミュラー(スイス、1948年受賞) 「DDT」という化学物質が、蚊をはじめとする節足動物に対して強力な接触毒性を持つことを発見。多くの地域で蚊の駆除に使用された(※)。 (※)…DDTは生物への毒性が報告され、現在は多くの国で使用が禁止されている。WHO(世界保健機関)では代替手段がないときに限ってDDTの使用を認めるという見解を出ている。