「ノーベル賞」のその後(1)当たり前になった感染症治療とマラリアとの終わらない闘い
ここまでは日本でもマラリアが蔓延していた時代の話ですが、次はぐっと現在に近づきます。この時の受賞は、マラリアとの闘いがまだまだ続いていることを思い出させてくれました。
◎トゥ・ヨウヨウ(中国、2015年受賞) クソニンジン(中国名:黄花蒿)という植物から、抗マラリア作用のあるアルテミシニンという成分を発見。従来の治療薬に比べ副作用が少なく、現在もマラリア治療薬として使用されている。
マラリア治療と感染拡大防止対策の現在
みてきた通り、マラリア関連の受賞は1901年のノーベル賞創設の直後からみられ、マラリアそのものを対象とした受賞研究だけで3つもあります。いかにマラリアが人類にとって深刻な感染症なのかを物語っているともいえるでしょう。 では、現在行われているマラリア治療や感染拡大防止対策がどうなっているのでしょうか。 (1)「早期治療」:感染者を早く見つけて薬で治療する マラリアの感染は、患者血液中の原虫を見つけることで確認します(図3参照)。治療は抗マラリア薬で行い、原虫の分裂を邪魔するタイプと患者の肝臓の中で休眠している原虫を駆除するタイプの2種類のいずれか(もしくは両方)を使います。 (2)「媒介蚊対策」:マラリア原虫を運ぶ蚊を駆除する、蚊に刺されないようにする 殺虫剤を使って蚊を駆除し、蚊を減らす対策が進められています。蚊帳や虫よけの利用で蚊に刺されないようにするといった個人でも可能な身近な対策法もあります。 現在の治療法や対策は、マラリアの正体や感染の仕組み、発症時に体内で起きていることが分かっていなければできないことばかりです。私たちが病院に行けばマラリアなどの感染症を治してもらえる社会は、こういった研究の歴史が支えているといっても過言ではありません。
今でもアフリカやアジアなどで猛威振るう
とはいえ、これまで多くのマラリア研究が行われてきたものの、まだ制圧には至っていません。前述の通り、マラリアは現在もアフリカやアジア、南太平洋諸国などで感染者を増やし、猛威を振るっています。殺虫剤が効かない蚊や、抗マラリア薬が効きにくい原虫の登場、温暖化による蚊の分布拡大、グローバル化による人や物の移動に伴う感染症の輸入など、現在抱えているリスクだけでも山積みです。 こうした課題を解決するための研究が、現在進行形で進められています。たとえば、ヒトもしくは蚊をマラリアに感染させないためのワクチンの開発や、ゲノム編集という遺伝子を操作する技術によって蚊が次世代を残せないようにする手法の試行などが挙げられます。うまくいけば新たなマラリア対策の切り札になるかもしれませんが、現状はまだ実用化の見通しが立っていない状況です。マラリアと蚊、そして人類の闘いはまだ当分続きそうです。 日本でマラリアが見られなくなってからおよそ50年。これはもしかしたら束の間の平和なのかもしれません。毎年、日本へのマラリアの持ち込みはたくさん報告されています。今のところ、マラリアが国内に入ってからの感染拡大は起きていませんが、油断はできません。折しもラグビー・ワールドカップが日本で開催されており、国外から40万人もの人が来日するという試算もあります。来年夏の東京五輪・パラリンピックでは、さらに多くの人が日本を訪れるでしょう。日本人だって海外旅行に行って、日本に帰ってきます。マラリアをはじめとした感染症の持ち込み・定着を防ぐために、私たちも世界の感染症の流行にアンテナを張る必要があるでしょう。
◎日本科学未来館 科学コミュニケーター 高橋明子(たかはし・あきこ) 1980年、東京都生まれ。専門は生態学。動物と植物の相互作用を研究。大学の研究員を経て、2016年4月より現職。趣味は物件の間取り図をながめること。