映画『バティモン5 望まれざる者』:フランスの闘う監督、ラジ・リが描き出す移民の町の不都合な真実
テーマは政治、住宅、移民
劇中にもまったく同じセリフが出てくる。主人公のアビーが市長室に乱入し、団地の建て替えを強行しようとする新任の市長に向けて吐いた言葉だ。アビーは監督と同じマリ移民の家庭に生まれ「ボスケ団地」で育ったという設定。ただし舞台となる町は、今回は「モンヴィリエ」という架空の郊外都市にしてある。彼女は市庁舎でインターンをしながら、住宅問題支援団体の会長を務めている。 「今回は『レ・ミゼラブル』に登場した子どもたちより年上の、若者を中心に描こうと思った。政治がテーマで、子どもたちはまだ政治に関心を抱く年齢じゃないからね。アイデアはこうだ。30歳くらいの若者が、思わぬ事態に巻き込まれ、政治活動に身を投じることを決意する。そうせずにはさまざまな問題の解決策を見出せないからだ」 前作でクローズアップされたのは警察の「犯罪対策班」(BAC)だった。本作にも警察の治安部隊(CRS)が登場し、未成年者の夜間外出を取り締まったり、団地の住人たちを強制的に排除したりするが、大きく違うのはその警察を動かす地方政治の方に焦点を合わせているところだ。 「今回、地方政治について語ることにしたのも自分の体験からだ。私は長年、極右政党に属する地元の市長と対立してきた。私は彼の天敵なんだ。フランスには極右が権力を握る町がほかにもある。移民系の住民たちとは常に衝突し、決して理解し合うことがない。こうした右派の地方政治と住民の関係は、フランスで最前線の問題だし、世界中にあるテーマだと思ったんだ」 物語は、モンヴィリエの市長が在任中に急死するところから動き出す。後任人事を決めるのは、党の中央執行部だ。本来なら市政のナンバー2である筆頭助役のロジェが後任にスライドするところだが、地元の小児科医で市議になってわずか3年のピエールが押し上げられる。 面白いのはこの2人を『レ・ミゼラブル』にも登場した俳優が演じていることだ。前作で乱暴な私服警官に扮したアレクシス・マネンティがピエール役。表情に乏しく、小心なようでいて、その裏に野心と狡猾さ、冷酷さが見え隠れする人物を好演している。対するロジェ役のスティーヴ・ティアンチューは、前作で「市長」のあだ名をもつ地元の顔役だった。 「彼らとまた仕事がしたかった。2人ともよき友人だし、すごい俳優だ。個性が強く、別の人物になり切る能力も高い。今回のスティーヴは市長になりそこねた役。本来、選ばれるはずの地位にいた彼が、なぜ選ばれなかったか。表向きは前市長の汚職に関係していたせいだけど、やっぱり黒人だからなんだ。黒人で市長になった政治家は、フランスで数えるほどしかいない」 団地の一室では、恵まれない住人らのために、無認可の食堂が営まれている。自身も移民2世のロジェは、そこに息子を連れてきて食事をするほど地域に溶け込んでいるのだが、市政では汚れ仕事の実行役を担ってきた。その1つが老朽化した団地の建て替え計画を、住人たちの同意を得ずに変更したこと。各戸の部屋数を少なくした背後には、母国から家族らを呼び寄せて大所帯で住む移民家庭を排除する狙いがあったのだ。正義感が強く勇敢なアビーは、食堂で彼に食ってかかる。 現実主義者のロジェと対照的に、背後がクリーンという理由で市長に選ばれたピエールはもっとイデオロギー的だ。政治家としての経験の浅さゆえか、自らの政治理念を押し通すためには手段を選ばず、強硬策がもたらし得る最悪の結果を予知するだけの眼力がない。アビーは彼にも食ってかかる。それが前述した市長室での場面だ。 この2つの場面でアビーがロジェやピエールと交わす会話は、“マル・ロジュモン”の問題をこの上なくリアルに浮き彫りにしている。ほかにも随所で、短い場面の中に問題のエッセンスが詰まった会話劇が展開する。フランスの都市郊外や人種問題、地方政治を取り巻く現実を理解した上で映画をもう1度観れば、語りの巧みさにあらためて舌を巻くだろう。